久留米市にある水天宮の総本宮の境内から、平穏な筑後川を眺めてみる

九州縦断旅:福岡編

 旅行期間:2020年8月中旬

 

穏やかな筑後川

久留米駅に到着

九州の旅5日目は阿蘇の宿泊施設を出て大分県にある豊後森駅から電車に乗って、やって来た福岡県の久留米駅。途中まで同行していた”エロ坊主オジサン”の、施設に入っている90歳を超えるお父さんの体調にアクシデントがあった為に、予定のしていない福岡の久留米まで来てしまった。ただ今日は鹿児島まで行くつもりもなかったので、ちょっとここでゆっくりと散策して、次いでに有名な久留米ラーメン屋でも探してみる事にした。

 

久留米市でちょっと寄り道

久留米駅の構内

このJR九州の久留米駅は、福岡県第3番目の都市だけあって駅もそこそこに大きく、しかも九州新幹線が発着する駅。この久留米駅は元々の操業は1890年とかなり古く、今の駅舎は九州新幹線が2011年の開業するのに合わせて2010年に新しく造り直されたもの。ただ駅の利用者の数からすると九州内の駅の中では、だいたい20位前後となっており、駅の規模よりもちょっと大人しめの駅の印象に感じた。

 

久留米駅の構内にあったカッパの看板

河童伝説が多い福岡県ならではの「くるっぱ」という久留米市公認イメージキャラクターの看板が見える。このキャラクターは2013年に発表されたもので、”キラリ久留米宣伝課長”という肩書を持っており、かつこの久留米市出身の女優である田中麗奈さんと一緒に活動する機会が多いので、彼女から「久留米の相方」とも言われているとか。ちなみに田中麗奈さんは「久留米ふるさと特別大使」に任命されている。

 

そう言えば”エロ坊主オジサン” の地元である北九州市若松区では「わかっぱ」というカッパのイメージキャラクターが居たけど、そのうちカッパ日本一を決める大会があるかもね?!

 

久留米駅の構内にあった案内の看板

さてここ久留米市という名前を聞いて、まず連想するのは「久留米ラーメン」だけど、それ以外には思い当たる名所というのが無い。まずは駅内に設置されている案内板を見てみると、このように「水天宮」「久留米城跡」とかがあり、その辺をとりあえず回ってみる事にしてみる。

 

久留米駅正面の景色

こちらはJR久留米駅の西側、一応メインの出入り口は駅の東口の方で、そっちの方が大きなロータリーやブリヂストン社のモニュメントなども置かれていた。

 

久留米駅前の景色

初めての土地を覚えるには、徒歩での散策が一番記憶に残り易いと思う。それも色々と歩いて、たまには間違った道を通ってしまっての遠回りなどすれば、より効果的に記憶に残る。そう思うと迷ったり、遠回りする事はマイナスな事ではなく、それをプラスに変える力があれば自分の経験値に変えれるのである。

 

 

日蓮正宗「霑妙寺」にて

久留米駅周辺にあったお寺

最初に久留米駅から歩いてすぐの場所にあるという「坂本繁二郎の生家」に向かって歩いていると、その家を見つけれなくてこの寺の正面に辿り着いた。寺は同じような物ばかりだから見学はスルーしようかと思っていたら、ボクよりも先に寺に入っていったオバサンがこちらを気にして「せっかくならお参りしていってください!」と声を掛けられた。

 

 

 

久留米駅周辺にあったお寺の手洗い場

そんな霑妙寺に入ると、いきなり龍が水を吐き出している手水場があった。このコロナ禍の2020年には神社内などのこのような手水場が使えない所もあったけど、使える所もあった。

ちゃんとこの手水で手などを清めておけば大丈夫なのかな?!

 

久留米駅周辺にあったお寺の本堂

この建物は霑妙寺の本堂と思われる。先程ボクを誘ってくれたオバサンは、迷い事があった時にここの住職のお話を聞いて、とても救われたという。だから「あなたも是非時間があれば、住職と話してみるといいですよ!」と言ってくれたけど、残念ながらボクには迷い事など無いし、寺の住職のお話を有難い言葉として聞く心も持ち合わせていないのでパス。。

 

久留米駅周辺にあったお寺の納骨堂

こちらは仏舎利のように見える納骨堂だろうか。古い昔ながらのお寺というよりかは、所々に近代化の感じる寺境内となっていた。ちなみにこの霑妙寺は九州で最初の日蓮正宗寺院だそうで、明治時代に建立されたお寺だという。

 

久留米駅周辺にあったお寺の境内

JALのような鶴のマークが入ったツボのような置物が置かれている。しかし神などへの信仰心が無い人間にとっては、こんなお寺も残念ながら普通の場所でしかない。宗教施設もその宗教に属さない人間からすると、特段興味がない所になってしまう。。

 

久留米駅周辺にあったお寺の案内紙

さっきのオバサンがくれた、こちら霑妙寺のチラシ。「その悩み・苦しみ、解決しませんか!」と書かれていて、宗教というものは人々の不安心に対応した普及活動をしていた事が、この文字だけ見れば分かる。ただ個人的には宗教ではそういった苦しみは救われずに、時間と自分の成長のみがそれを解決してくれると思っている。

 

 

全国水天宮の総本山を訪れる

久留米駅周辺の水天宮の鳥居

さてそんなお寺を拝観した後は、さすがに8月中旬の真夏炎天下で歩いていると背中に背負ったリュックとの間が汗でビショビショになっていたので、筑後川沿いにあるこちらの「水天宮」という神社に来て涼もうとしてみた。

川沿いなら涼しいだろうと思って!

 

久留米駅周辺の水天宮の正面鳥居

さっきの鳥居は東側の駐車場側だったので、南側の正面入り口まで回ってみた。日本古来の神社にも信仰心が無いボクだけど、写真を撮る為にわざわざ正面にまで回るのであった。

だから信仰心がある為に正面から入る訳ではなくて、あくまでも写真を撮りたい為に正面に行っただけです・・・

 

全国総本宮 【水天宮】

住所:福岡県久留米市瀬下町265
TEL:0942-32-3207

 

 

久留米駅周辺の水天宮の正面鳥居-1

こちらの水天宮は12世紀に壇ノ浦の戦いで平時子(二位の尼)に抱えられて関門海峡の底へと沈んで亡くなったとされる、安徳天皇の母親:高倉平中宮(平徳子)に使えていた按察使局(あぜちのつぼね)伊勢という人物が、壇ノ浦の戦い以後にこの場所に建立した神社である。その為にこの神社では天之御中主神という古来の神話に出てくる神様と共に、安徳天皇平徳子平時子も祀っているのである。

 

久留米駅周辺の水天宮の案内板

この水天宮の横を流れる筑後川は昨日訪れた阿蘇外輪山付近を水源とする、九州でも一番流域が長い川。しかしこの筑後川という名前は昔からではなくて、元々は千歳川と呼ばれていたらしく、それから一夜川筑間川と呼ばれて、江戸時代前半に間違って筑間川を筑後川と呼んだ為に今の名前になったという説があるそうだ。

 

 

久留米駅周辺の水天宮にあった戦艦千歳の記念碑

そんな神社の境内に入っていくと、右の東側には柵で囲まれた「軍艦千歳」の記念碑らしきものが見えてくる。これは1938年に竣工されて活躍し、その後1944年に行われた”史上最大の海戦”とも呼ばれているレイテ沖海戦で沈没した航空母艦「千歳」を祀るものである。

 

久留米駅周辺の水天宮にあった戦艦千歳の記念碑-1

この軍艦「千歳」はこの筑後川が大昔に「千歳川」と呼ばれていた由縁から、この久留米市出身の画家である坂本繁二郎氏に、この軍艦「千歳」の指令室に飾る絵の依頼があったそうだ。

 

 

久留米駅周辺の水天宮にあった戦艦千歳の記念碑-2

こちらの石碑にも彫られているように、軍艦千歳という名前はここが大昔に千歳川と呼ばれていた事から名付けられているようだ。それもあって軍艦千歳内部に造られていた艦内神社には、水天宮も祀られていたという。なおこの軍艦千歳はレイテ沖海戦で艦長含めて903名の命と共に、海深くに沈んでいったという。

 

久留米駅周辺の水天宮にあった戦艦千歳の記念碑-3

戦争の歴史も近代に近づく毎に、新しい兵器を導入した側がリードしていく。第一次世界大戦では昔ながらの騎馬隊特攻ではなく、戦車が登場して革命を起こしたが、この第二次世界大戦ではライト兄弟が開発したとされる飛行機が戦争の道具とされて、昔ながらの巨大な大砲を持った戦艦ではなく、艦上搭載機をより多く積める航空空母の存在が戦争の命運を分けたという。

 

久留米駅周辺の水天宮にあった戦艦千歳の記念碑の説明

戦争の歴史も国によっては”負の歴史”として批判する事もあるのだけど、その当時の人達はその戦いが聖戦だと思って多くの人達が命がけで国の為に散っていったのである。そう思うといかなる戦争の歴史からも目を背けずに、後年の人達はしっかりとその歴史を受け止めていく必要があると思う。

 

 

久留米駅周辺の水天宮にあった真木神社-1

そんな水天宮の境内には、こちらのように別に「真木神社」という石碑が立っていた。水天宮も1つの神社ではあるものの、また別の物を祀る為に敷地内に別の神社が造られている。

 

久留米駅周辺の水天宮にあった真木神社

この真木神社は水天宮第22代宮司で従五位下・和泉守の官位を持っていた真木保臣(1813~1864年没)と、その門下生を祀る神社である。真木保臣は尊皇攘夷を進める為に上京し、長州藩と手を組み1864年に「禁門の変」(蛤御門の変)を起こすが破れ、天王山付近で門下生含む17名全員と共に自害した。そんな哀れな最期を遂げた人物を祀る神社なのである。

 

久留米駅周辺の水天宮にあった真木神社を眺める

このように水天宮の境内に入っているものの、軍艦千歳の記念碑や真木神社などを見ていると、なかなか水天宮の本堂へと辿り着けない。だけどこのような寄り道で出会ったものが、自分にとっての経験値となるのである。

エロ坊主オジサン
エロ坊主
オジサン

見た目によらず、意外と勉強熱心なんですよ、コイツ!

 

久留米駅周辺の水天宮にあった真木神社関連施設

こちらの昔の古民家風に見える建物は「山梔窩(さんしか/くちなしのや)」と呼ばれる、先程の真木保臣が代表となって1851年に久留米藩に出した改革案(保守派の家老を左遷など)の為に謹慎処分となって、軟禁された場所である。

 

 

久留米駅周辺の水天宮にあった真木神社関連施設の看板

そんな建物の前には親切にこのような説明板が設けられていた。この江戸時代後期には200年以上続いた江戸幕府も停滞をみせ始め、また諸外国からの進んだ技術や学問が少しずつではあるが入って来ていた為に、それらに触発されて改革を目指す動きが多く起き始めていた頃。

 

久留米駅周辺の水天宮にあった真木神社関連施設の看板-1

特に九州地方には航海技術が抜きんでていたヨーロッパ勢がどんどんとやって来ていて、それらが討幕を果たす事になる薩摩藩や長州藩などを刺激していた。そんな九州地方は本州などとは比べ物にならない程に、江戸幕府による先見の明に不安を感じていたようだ。

 

久留米駅周辺の水天宮にあった真木氏の銅像

そして真木神社の脇には、なにやら大きな土台の上に載っている銅像が見えてくる。世界各国どんな所に行っても、やっぱり銅像にされる位の人物はそれなりの偉業を成し遂げてきた人物が多い。だから銅像を見て、そのまま見過ごすよりも、後で家に帰ってからでもその銅像についてちょっと調べてみるだけで、知識が増えて自分のプラスに繋がると思う。

 

久留米駅周辺の水天宮にあった真木氏の銅像-1

この像がこの水天宮の宮司でもあり、討幕に貢献した真木保臣の像である。約10年に渡って先程の山梔窩に幽閉されていた真木保臣だが、革命への心は変わる事なく、しまいには久留米藩という小さな括りから許可なく脱走し、討幕運動に参加していった。

 

 

水天宮の本堂へ進む

久留米駅周辺の水天宮の正面入り口を進む

何気なく訪れてみた久留米市にある水天宮だけど、その本堂に辿り着く前に既にお腹いっぱいのような感覚になってしまった。正確にはお腹は全然膨れていなくて、逆に昼時になっていたので空いていたが、頭の中は久留米市に関連する人物などの歴史でいっぱいになっていた。

 

久留米駅周辺の水天宮の説明板

福岡周辺では壇ノ浦の戦いで敗北した平家に対しての、このように同情的な神社を作った場所が多い。平家物語にもあるように一時は日本国を席巻していた平家であったけど、そんな繁栄もあっという間に過去のものへと変わるようだ。

 

久留米駅周辺の水天宮の正面入り口を進む-1

そして人類には水は欠かせないもので、かつ人間が自由にコントロールできなかった物質なので、余計に昔の人達は神頼みするしかなかったのだろう。そんな昔の人達が現代のようにダムなどを作ったり、川の流れを変えたり埋め立てしていたりする景色を見たら仰天してしまうだろうと思う。

 

久留米駅周辺の水天宮の正面入り口を進む-2

さてやっと水天宮の本堂前へとやって来ました。その手前には特に特徴のない平坦な顔つきの狛犬の像が見えます。せっかくの水天宮の総本山だけに、境内には水が溢れるかのように池などが配置されているのかと思っていたが、実際には普通の神社の境内に見られる景色であったが。。

 

久留米駅周辺の水天宮の本堂

こちらがそんな水天宮の本堂で、このクソ暑い真夏の昼間に小さい子供を抱いた若い親が、宮参りをした小さな子供との記念写真の撮影に没頭していた。こんな若い20代位の親でも一応というか、神社でのお参りを行事的に行っているようだ。最近の若者は宗教離れが多いと聞くけど、子供の為なら信じてもない神社でのお参り的な行事もするのかもしれない。

 

久留米駅周辺の水天宮内の建物

とにかく真夏8月の天気のいい日は暑いので、全然神社内には人が来ない。一応礼拝や神社グッズなどを販売する窓口も、巫女さんらしき人がつまらなそうに座っている姿が見られる。

 

久留米駅周辺の水天宮から筑後川を眺める

そんな水天宮本堂からすぐ西側には、この九州を代表する河川である筑後川を見渡す事が出来る。この水天宮の建立は12世紀だけど常に勃発していた戦乱の影響で、この水天宮は所在地をコロコロと変えて、最終的に1650年頃にこの場所に落ち着いたという。

 

久留米駅周辺の水天宮から筑後川を眺める-1

昨日行った阿蘇山周辺の飯田高原から湧き出た源流が、このように目の前では大きな川になっていた。そんな川沿いではとてものんびりとリラックスできる雰囲気の場所が拡がっている。

 

久留米駅周辺の水天宮から筑後川を眺めた景色

川ではカヌーを漕ごうとしている人もいたりしたけど、さすがに筑後川で泳ごうとしている人は見当たらなかった。

でもこれだけの川だと、真夏には泳ぎたくなりそうな感じである!

 

久留米駅周辺の寺

そしてそろそろ12時が近づいてきたので、久留米駅反対側の東側にあるラーメン屋さんを目指して歩くとする。その途中に見かけたこちらは「梅林寺」という臨済宗妙心寺派の寺があり、ここは福知山藩から転封された有馬家の影響で久留米藩歴代の菩提所となっている場所。

 

久留米駅周辺の地下道を進む

なのでその前に造られている地下道路も「梅林寺地下道路」という名前が付けられていた。もともとこの梅林寺は福知山にあって福知山藩有馬家の菩提寺となっていた寺。久留米へ移動となった有馬家は、そんな寺を久留米に移動し今の梅林寺という名前に付け替えたという。

 

 

久留米駅周辺の道路標示

そんな地下道を進むと、道路標識には「大牟田」「柳川」といった福岡県の地名が見える。この九州旅行中は最初に訪れた北九州市の時だけしか福岡県に居たという認識がなかったけど、帰ってからよくよく考えてみたらこの久留米市も福岡県だったのに気が付いた。

最近は思い込みが強過ぎて、勘違いする事が多々あります・・・

 

久留米駅周辺にある公園

真夏で暑いからか、公園には誰もいなかった。ボクの頭の中では小学生位の無邪気な子供たちが、暑さなど気にせずに外の公園などを走り回っているイメージがあるけど、現代の子供たちはクーラーなどの空調が効いた涼しい室内に留まっているのだろう。

 

久留米駅周辺の高層ビル

この久留米市もJR久留米駅周辺にはこのように大型高層マンションが、チラホラと見られた。乗降客は九州の中ではそんなに多くない久留米駅だけど、さすがに九州新幹線が停まる駅だからか、このようにデカいマンションの需要があるのだろう。

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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