江戸時代に造られた松山城天守閣から見れる景色とは【愛媛旅行記⑪】

愛媛/松山旅行記⑪

 旅行期間:2020年9月23日~26日

 

いよいよ大天守を登っていく!

松山城大天守の階段

今見学をしている松山城の本壇にある大天守は、小天守や櫓など四方それぞれの建物をこのような廊下で繋いでいた「連立式天守」という造りになっている。だから他の城で天守閣への見学に行くと、すぐに上に登っていくだけなのだが、ここ松山城ではまず天守閣へ上がるのではなくてこのような回廊を一方通行で進んで行くのである。なおこちらの小天守に繋がる階段は通行禁止となっていて、小天守の中は見れなくなっている。

 

松山城大天守の階段の先

このようなお城の天守ではお殿様が実際にここで暮らしていたようなイメージを持ってしまうけど、基本的に天守は敵が攻めてきた際に籠城する為の場所として造られていたので、日常生活を送るには不向きで住居として使われる事が無かったという。

トイレや炊事場があまり見当たらないという事が、それを裏付けていると考えられているそうです!

 

松山城大天守の回廊から見える景色

住居ってものはデザイナーズマンションとかでも言える事だけど、住んでいない人間からの見た目と、実際に住んでいる人間の考えでは差異がある。見た目にいいものは必ずしも利便性がいい訳ではなくて、その大概が効率性よりもデザイン性を優先しているので、住みにくいものが多いのと同じ感覚なんだろう。

 

松山城大天守の回廊を進む

このような城で実際にどういう生活を送っていたかというのも結局は昔の事なので諸説あるので何とも言えないけど、もし殿様が住んでいたとしても殿様以上にそこで働く家来や付き人の方が大変だったのだろう。傾斜のキツイ階段を何回も昇り降りしたり、入り組んだ本丸内の通路を何回も行き来したりと・・・。

 

松山城大天守に見える居間

こちらには畳が敷かれた居間のようなスペースも1階部分にある。まあ結局のところ、全国に何百もあった城の役割というものは場所によって扱われ方が様々で、所詮は憶測の範囲であろう。

 

松山城大天守に見える居間1

そして江戸時代末期に再建された松山城本壇の大天守であるが、築城されてから100年以上経つと色んな部分が老朽化してきて定期的な補修が必要になる。この松山城でも平成になってから改修が行われており、ちょうど訪れた場所で大規模な改修工事中の為に城内部が見学できない時ほどガッカリするのである。。

 

松山城大天守に飾られている羽織もの

だからこういった歴史的な江戸時代の姿がそのまま残存している建造物を不自由なく訪れている事を、とても幸せに感じる必要がある。「こういった城の内部に入れて当然!」と考えるのではなくて、「このような城の中に足を踏み入れる事が出来て、とても幸せだ!」と思うだけで、お城見学についての満足度が全然変わるハズだ。

 

 

松山城大天守に飾られている鎧兜

こういった鎧も堅い部分などに使われている素材は劣化しにくいけど、紐や生地などの部分は長い歳月放っておかれると朽ち果てやすい。だからこういった江戸時代に造られた鎧なども、全くそのままの形で現存している訳ではなくて、そのような朽ち果ててしまった箇所などを修繕しながら保管されている。

 

松山城大天守に飾られている鎧兜の説明

こちらの案内板にもあるように江戸時代初期に造られた鎧兜だったら、約300年以上は経過しているのでもしその当時の状態そのままで置かれていたら、もっとボロボロな感じになっているのであろう。なおこのように個人から寄贈されたものも多いけど、より多くの人に見てもらいたいという気持ちと共に、個人で所蔵しているとその修繕費や保存などにかなりの出費が必要となるので、それもあってこのように寄贈されるものも多いのかもしれない。

 

松山城大天守に飾られている旗

こちらの旗の右上に入れられている家紋マークは「星梅鉢」と呼ばれる、この伊予松山藩を治めていた久松松平家の家紋である。この家紋マークは前田家と似たようなマークに思うけども、当時は似たような家紋が多かっただけだろう。

 

松山城大天守の展示品

戦乱が殆ど無くなって平穏な時代となった江戸時代には、このように刀と共に武士には必須な道具だった兜や鎧などが実戦的な道具としてよりも、装飾品という文化へ昇華していったようだ。

 

松山城大天守の展示品1

大天守の入口を進んでまずは連立式天守となっている回廊を巡って来たけど、そろそろ展示品を見るのも飽きてきたタイミング。普段なかなか見れない兜や鎧なども何点も見れると、だんだん見慣れてきて飽きてくる・・・。

 

 

大天守の天守閣へと向かう!

松山城大天守で更に階段を登る

さてやっとここから上に登れる階段が見えてきました。この大天守は地下1階(石垣部分の倉庫跡)と地上3階の合計4階建ての建造物で、建物の昇り降りはこの階段を使うしかなくてバリアフリー化は当然されていない。

 

松山城大天守で更に階段を登る1

昔のままの木造建築物として現存しているお城にある階段は、殆どが木造でしかもその勾配が急である。一応ここではバリアフリー化はされていないけど、親切に後付けの手すりが設置されているのが見える。ただ江戸時代の人達からするとこのような勾配の階段は普通なもので、逆に現代のように傾斜の緩い階段やエレベーターなどは、人間が楽しているだけに見えるのかもしれない。

 

松山城大天守で更に階段を登ってみる光景

さて急な勾配の階段を楽しく登ると、大天守2階部分が見えてくる。お年を重ねた人にとってはこういった急勾配な階段を登る事はとてもツライ事なんだろうけども、個人的にはやっぱり昔の形そのままの建物を体感する事がとても楽しく感じる。

 

松山城大天守で更に階段を登ってみる光景1

ここでもコロナ禍の影響で通路は一方通行となっていて、このように設置されている矢印の進路に向かって進む。この訪問時はこのように全然人がいない平日だったので、自然とソーシャルディスタンスとなっていた。

 

松山城大天守で更に階段を登ってみる光景2

大阪人にとって大阪城は見る機会があっても、あまり実際に中に入りたいとは思わないもの。というのも外から見る分には大きな本丸に囲まれた立派な城となっているけど、内部に入ると鉄筋コンクリート造りでしかもエレベーターも設置されているので、昔の雰囲気を感じられないからだ。

 

松山城大天守にあったアルコール消毒液

2020年の初頭から始まった新型コロナウイルス騒動では、世界に感染拡大する前から騒ぎとなって街中からはマスクや消毒液が店頭から消えた。そして新型コロナウイルスは世界中に瞬く間に拡大し、巷ではマスクや消毒液が買い占められて高値で売られていた時もあった。

しかし今となってはそんなマスクが手に入らない時期など考えられない位に過剰在庫気味になっており、あの電化製品メーカーというイメージの強いシャープがマスク生産に乗り出した時も救世主に思えていた事がとても懐かしく感じる。そのシャープが抽選でマスクを販売したので、応募していたオカンは

オカン
オカン

マスク、全然抽選当たらん・・・

と言っていたけど、マスクが世の中に過剰気味に在庫が溢れた現状では抽選に当たったという内容のメールが来ても

オカン
オカン

マスク今頃抽選当たったけど、どこでも手に入るし、普通に買うよりも高いしな・・・

と結局買わないようになってしまっている。。

 

松山城の天守閣へと向かう

さて大天守で2階から3階部分に登る階段は、このように更に一段と急な勾配の階段になっている。だから天守閣の上に登りたければ、「登れる体じゃないとダメだよ!」と言っているかのようにも感じる。

 

 

松山城の天守閣からの眺め!

松山城の天守閣フロアの景色

この大天守への最上階へと登る階段は下手に手摺を使うよりも、階段に手を置いて支えながら登る方がいいかと思う。お年を召された方々は観察していると自然と手摺に手を掛けてしまう習慣が付いているようだが、コロナ禍ではなるべく外出先での手摺を触るのは避けた方がいい。

ここにやって来る人の多くは消毒アルコールなどで殺菌をしている人ばかりだとは思うけども、直に手が触れる手摺などは出来るだけ『触らぬ神に祟りなし』じゃないけど、触らないに越したことはない。また急勾配な階段ほどに登りにくいので、体重を前に掛ける意味も込めて目の前の段に手を置いて登った方がいいかと思う。

 

松山城の天守閣フロアの景色1

そして辿り着いた松山城大天守の一番上のフロアは、このように窓が解放されていてガラスなども無いので、換気も良くて気持ちがいい。ただこの時は秋の手前だったのでまだ肌寒くなる時期でもなかったけど、窓ガラスが無いので冬場はそれなりに冷える場所かもしれない。

 

松山城の天守閣フロアから見える景色

こちらは松山城の東側に見える景色で、大きな建物が無いのでちょっと分かりにくいけども、やや左側の山の手前にあるのが先程まで訪れていた道後温泉街エリアである。

 

松山城の天守閣フロアから見える景色1

こちらは松山城からして東南の方角であるが、中央付近に見えている電波塔以外にはあまり目立った建造物は見当たらない。

 

松山城の天守閣フロアから見える景色2

こちらは松山城からして北側に見える景色で、奥には瀬戸内海とそれに浮かぶような小さな島々が見えている。この瀬戸内海には小さな島が無数にあるので、どれがどの島だとかまではとてもじゃないけど覚えきれない。ただ今では「しまなみ海道」と呼ばれる道が広島県尾道から愛媛県今治市まで結ばれており、そこを後日サイクリング旅したのでそれらの島の名前は辛うじて覚える事が出来たが。。

 

松山城の天守閣フロアから見える景色3

こちらは松山城からすると西側の方角で写真左側には松山空港があるのだが、基本的には高い建物があまり無い空港はこのように遠くから見ても全然分からない。。そして奥に見える海もこちらも瀬戸内海である。

 

松山城の天守閣フロアから見える松山市

こちらは南西の方角で手前に見えている建物は「小天守」といい、この今いる大天守と対を成す建物。この大天守と小天守は「連立式天守」と言われる造りになっていて、先程下で通った通路だった廊下や櫓などと繋がっている。

 

松山城の天守閣フロアから見える松山市1

大天守はこの松山城本丸が標高約120mに造られている中でも最も高い場所にある建物なので、ここからだと本丸も見下ろす事が出来るし、周囲360度に渡っての景色を眺める事が出来る。有事の際にはここから迫りくる敵の姿を一望できたのであろう。

 

 

松山城大天守のてっぺんから望む景観 動画

 

 

松山城の天守閣フロアから見える松山市2

この松山城の北側には学校群が造られており、中央左側から「松山大学」・「松山高校」・「愛媛大学(公立)」・「松山中学」と並んでいる。街の中心部にこれだけ学校が隣接して並んでいるのも、珍しい光景かと思う。

 

松山城の天守閣フロア2

この松山城訪問時はあまり観光客も来ていなかったので、ほぼ貸し切り状態で自然とソーシャルディスタンスになっていた大天守。ただそんな贅沢な大天守の見学も何時間もここからの景観を見て過ごせる訳でもないので、ある程度景色を見回して満足してしまい、そんなに長時間滞在する場所でもない。

 

松山城の天守閣フロアから見える松山市の雲空

ちょうど夕暮れ時に近づいていて、かつ空には雲がまだらに浮かんでいたので、このように幻想的な景色が空に広がっていた。この愛媛県松山市という街も事前に道後温泉位は聞いた事があったけど、他に何があるのかを全然知らない。だから今回の旅では適当に気になる所に、気の向くままに進む旅にしてみる。

 

松山城の天守閣フロアから見下ろす

それとこの大天守の上までやって来て見ておくべき景色は誰でも見る遠くの景色ではなくて、”灯台下暗し”じゃないけどもさっき入場料を払って入ってきた「一ノ門」などの入城ルートである。景色はどこから見てもそれなりに綺麗に見えるけども、この松山城本壇の入り組んだ凝った造りを上から眺めれる場所は、この大天守の上からしかないのである。

大天守に登って、松山城をしっかりと眺める事をお忘れなく!

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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