秋名アラセツ行事:平瀬マンカイの舞台となる秋名湾【奄美大島旅行記㊶】

奄美大島旅行記2020年-㊶

 旅行期間:2020年10月1日~5日

 

伝統的な五穀豊穣祈願の祭!

さて遂に迎えた4泊5日の奄美大島旅行も、本日がその最終日。自然豊かで名残惜しい奄美大島だけど、旅行には必ず帰る日がやって来るものは付き物。今日は昼12時過ぎのフライトなのであまりブラブラは出来ないけど、飛行場に行くまではまだまだ奄美大島らしさを満喫したいと思います。

 

 

「大熊展望公園」にて

今日は昼前までに空港に到着しないといけなかったので、必然的に周遊できるルートは空港に向かう北側のみ。という事で名瀬港から北東の沿岸沿いの道を進んで行くと見えた、こちらの「大熊展望公園」にまずは立ち寄ります。

 

【大熊展望公園】

住所:鹿児島県奄美市名瀬大字大熊

 

奄美大島ではこのような景色を眺める展望台に結構な数寄り道したけど、ここだけは名瀬港を見下ろす、奄美大島でも珍しく人工的な景色を眺めれる展望台だった。

 

江戸時代後期になって代官所が名瀬に移転された事もあって、それ以降は奄美大島でも中心地として発展してきた名瀬の町。昔の港は奥の南西側にあったが、今の港は東寄りの名瀬湾の入口近くに新たに造られている。

 

このように島国の町は基本港を中心にして形成されていく。旧港があった場所には昔から名瀬の玄関として、ホテルや飲食店街が集まっている”屋仁川通り”などがその名残りとなっている。基本的には飲食店街などは、その場所が多くの人が訪れる場所だった所に造られている事が多い。

 

今回は名瀬の町のホテルに4連泊したけど、結局こちらの港側には全然立ち寄らなかった。港周辺には「奄美市立奄美博物館」などもあったけど、今回は奄美大島を縦横無尽に走り回った為に名瀬の町観光が全然出来なかったのである。。

 

 

展望台からの景色 動画

 

 

ここから見ると名瀬港もこのように入口には防波堤が設置されていて、陸地の一部も埋め立て地があったりと、江戸~明治時代とは全く様変わりしている事だろう。

 

こちらは展望台にあった小屋だけど、周りに生えていた雑草はこのようにボウボウ・・・。今までのボクなら気になっていた雑草だけど、雑草の伸びる速さを知ってしまったので今ではこれぐらいだったら全然許容範囲である。

 

この辺りのフェリーが着岸する場所は埋め立て地。そしてその奥には「名瀬臨港大橋」という2003年に開通した橋があって、ここを通ろうと思っていたけど方向を誤って山側の道を進んでここに辿り着いてしまった。。

 

 

秋名:幾里集落にて

まずは朝イチに大熊展望公園から名瀬港の景色を見た後は、県道81号:名瀬龍郷線を道なりに北へと進んで行きます。するとこのような石像などが置かれている場所があったので、ちょっとここでも立ち寄る事にします。

 

こちらには丸い顔をした石像が置かれていたけど、大黒様か、もしかしたら近くに南州神社があったので西郷隆盛にも似せて作った石像だったのかもしれない。それにしても特徴的な福耳が目立つ像だった。

 

ここから先は「秋名・幾里集落」という、昔は1,000人を超す住民が住んでいて発展した場所だったという。今では住民が300~400人程になっているけど、「秋名のアラセツ行事」という約400年以上に渡って続けられている伝統行事が国指定重要無形民俗文化財に指定されている集落である。

 

この秋名集落では「ショチョガマ」「平瀬マンカイ」という旧暦8月の初丙の日に行われる祭が、今でも伝統行事として村人たちによって受け継がれてる。「ショチョガマ」というのは男性が行う祭で、山の中腹に片屋根藁葺家を作り、その上に男性たちが乗って足で踏みしめて小屋を揺らし、最終的にはその崩れた小屋の上で踊って終わりという、何ともストレス鬱憤大会のような祭のようだ。

 

 

こちらには大仏様のような像があったけど、左手には打ち出の小槌のようなものを握っていた。このような島国では農作物の出来が命を分けていたので、住民の祈りの多くは五穀豊穣だったのだろう。

 

こちらの案内板によると、ここからもう少し先に行った場所に秋名集落があって、そこの港周辺でこれらのお祭りが行われる場所があるようだ。

 

これらの祭りが行われる旧暦8月というと、今でのは8月下旬~~10月上旬頃のようだ。だから時期的には夏の終わりから秋の始まりに向けて、次の稲作も上手く実るようにという祈りを込めて行われてきたようだ。

 

そして秋名集落もあまり道が広くなくて途中で道路工事をしていたので、郵便局で車を停めさせてもらって奥の港までは徒歩で向かう。そんな集落の中で見かけたこちらの木はパパイヤの木である。てっきり南国のフルーツなので日本で見れるとは思っていなかったパパイヤだけど、ここ奄美大島も本土から見たら南国なのであるが。。

 

秋名集落ではそこまで道が狭い訳ではなかったけど、個人的には車で進むよりも歩いてこの集落らしさを感じたかった。やっぱり旅ではその場所らしさを体験するには、車で簡単に通り過ぎるのではなく、自分の足で五感を感じながら体験した方がよりいい思い出となる。

 

そして集落の奥に進んで行くと、このような船が置かれている小さな港が見えてくる。しかしこの時は全然活気がなくて人も全然居なくて、廃墟の港のようにも思える光景だったが・・・。

 

この港の西側の先にさっき案内板のパネルに載っていた「平瀬マンカイ」という、女性の巫女さんであるノロが数名乗って祈る岩があるようだ。

 

秋名集落の秋名湾にて

昔はこの辺りでも1,000人を超える住民が居たというが、今ではこんなご時世もあってチラホラと見かけたのはお歳を召した方ばかり。祭がなかったら普段は魚釣りぐらいしか、する事がないんじゃないかと思ってしまう。。

 

だけど祭の時にはこの辺りは人だらけとなって、今みたいに全然人の姿が見えない景色がまるで噓のように思える光景となるのだろう。個人的には小さい頃から祭りという行事に殆ど興味を示してこなかったので、未だに祭という言葉には全然惹かれないのである。。

 

このように海岸はお世辞にもあまり綺麗ではなかった。同じ東シナ海に面する打田原海岸などに比べてしまうと、ここではあまりリラックスできないような光景にも見える。海岸も普段から綺麗にゴミ拾いなどをしておかないと、綺麗な海岸とはならないのであろう。

 

海岸を歩いているとはこちら側の先に、なにやら岩にしめ縄が取り付けられている岩が見える。場所的には沖からの波が思いっ切り打ち寄せてくる場所のようなので、岩に取り付けられている縄が外れないか、少し心配になりそうな感じである。

 

そんな「平瀬マンカイ」で使われる岩を守るように手前に大きな岩があったけど、その横にはこのように細い通り道があった。この道を通って少し進めば、さっきのしめ縄の岩が見られるハズ。

 

 

平瀬マンカイが行われる、しめ縄のある岩!

ただこのように実際にその場所に辿り着いてみると、意外と海岸の近い場所に「平瀬マンカイ」が行われる岩があった。どうも干潮時刻の水面が低い時間帯だったら濡れずに辿り着けるけど、今はこのように潮が満ちていたのでこの岩には近づけなかった。。

 

ここが国指定重要無形民俗文化財の「秋名アラセツ行事」の1つである”平瀬マンカイ”が行われる場所で、元々は琉球王国の支配下にあった時代から行われている行事で薩摩藩の属国になってからも続けられたという。

 

こちらの岩は「神平瀬(かみひらせ)」という、巫女役のノロ(女性)が5人祭の際に乗る岩。昔から自然溢れる奄美大島に住んでいた人達は、そんな自然を有難く思って、常に神様にお祈りしていたのであろう。そして住民たちは何か相談事があると、必ずこのノロに相談していたという。

 

こちらは「秋名アラセツ行事」の”平瀬マンカイ”が実際に行われている時の写真。奥の神平瀬にはこのように5人のノロ(巫女)が乗っていて、手前にある「女童平瀬(めらべひらせ)」という岩には男女合わせて7人が乗って、太鼓を叩いたり歌を歌ったりするんだとか。

 

 

平瀬マンカイが行われる場所 動画

 

 

今の科学が発達した現代人にとって神様に雨乞いや五穀豊穣などを祈る儀式なんて無駄に思う人が多いのだろうけど、昔の人達は本気で天の上に神様が居ると考えていた訳だ。今でもそんな五穀豊穣の効果があるのかは分からないけど、この集落名物として残すべきものとして今後も「秋名アラセツ行事」は行われ続けていくのだろう。。

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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