日向岬の先端から見る柱状節理の断崖絶壁と細島灯台【宮崎旅行記㊻】

宮崎県旅行記2020年-㊻

 旅行期間:2020年10月18日~22日
(Columnar jointed cliffs and Hososhima Lighthouse seen from the tip of Cape Hyuga)

フィリピ~ナ?!

宮崎旅は4日目と後半戦を迎えております。今日は宮崎市から北の方にある日向市の東側海岸沿いに飛び出ている日向岬(細島)に来ています。この辺りの海岸線は『日豊海岸国定公園』にも認定されている所で、綺麗な海と共に普段はなかなか見れない海岸線に隆起した地形などを楽しめる場所となっています。

 

 

日向岬の先端にて

そして日向岬で見れる人気の景観スポットである「馬ヶ背」を見学した後は、更に奥に道が続いているのでズンズンと先に向かって進んで行きます。するとこのように日向岬の先端部分にまで道が繋がっています。

 

この辺りは約1500万年前という途轍もない大昔に、火山から噴火した際の溶岩が固まった地層となっている場所。そういった場所も溶岩が固まった最初の頃は何もないハゲ山のようにツルツルしていたのだろうけど、時間が経てば経つほどにその場所に植物が自生してきたり、打ち寄せる波に地層が浸食されて、このような形を形成していく。

 

陸地というのは地球の奥深くで活動しているマグマが、噴き出して形成されたもの。そこには新たに色んな命が宿る場所もあるけど、波に浸食して削られてしまう場所もある。そんな色んな事が長年に渡って起きていき、その場所には他には見られない個性が作られていくのでもある。

 

こちらは先程展望台から見ていた「馬ヶ背」を違う角度から見たもの。何万年も掛かって削られてきた場所とは思えない程に、芸術的に彫られた場所のようにも思える。

 

この景色を見て昔の人達が、この場所を「馬の背中部分に似ているから、馬ヶ背と名付けよう!」と思ったのだろう。確かにここから見てみると、背中部分に鬣(たてがみ)が生えているように見えるような気もする。。

 

そして日向岬の先端に向かう道は、このように足元はボコボコとした感じになっている。こういった道は元々ここにあった岩場をそのまま使っているのだろう。

 

 

日向岬の先端へ向かう 動画

 

 

そして日向岬の先端で、1人静かに佇む男。この宮崎旅ではこのような綺麗な景観が見られるスポットを独り占めできる機会が多かった。この2020年はコロナ禍の影響で全国/全世界的に観光客が激減していたけど、おかげで綺麗な場所で静かに過ごす事が出来た。

 

しかし昔の人達の想像力というのは、とても凄かったと思う。よく〇〇岩とか動物の名前が付けられているのがあるけど、あれも全部単なる岩の形を自分の知っている生き物に当てはめた訳だし、夜空に浮かぶ無数の星も勝手に星同士に線を引いて星座と決め込んだりと。

ボクが得意なのは創造ではなく、妄想です!(笑)

 

そしてここから高台の上に小さく見えている白い建物は、さっき案内板に書かれていた「細島灯台」である。日向岬の先端も特にこれといった物がないので、次は灯台へと向かう事にする。

 

灯台まで向かう道のりはこのような登り階段となっているが、ちょうどいい運動になる。年配の人にとってはこのような階段を登るのに抵抗があるかもしれないので、まだ体が元気なある程度若い内に旅行は行くべきである。

 

ただある程度若い人は年配の人達と違って、旅行に行けるだけの余裕ある資金力や、現役で働いている為にまとまった休みを取れない為にある中期間旅行には行きにくい。しかしそれは旅行を二の次に考えているからそうやって行けない訳で、そんなのを気にせずに旅行を第一に考えている人は、そんな事を無視してガンガン旅行に行くのである。

ボクも仕事を辞めてから、旅行に目覚めました!

オカン
オカン

もうちょっと稼いでから、目覚めて欲しかったわ!

 

 

日向岬に立つ細島灯台にて

さっきの日向岬の先端から歩く事約10分で、細島灯台がある場所まで辿り着く。こうやって登り階段を上がってくると、灯台は遠くからでも見える高台に造られているという事を、強く認識できるのである。

 

 

この細島(日向岬)は宮崎県内でも四国や本州との船が頻繁に行き交う場所だったので、参勤交代などでの船便が出発する場所でもあった。なので昔からそんな船を誘導する常夜灯がこの辺りに造られていたのが起源のようだ。

 

元々は常夜灯だったものが明治時代になって近代化政策の一環で港が整備されて、その際に合わせて新しい灯台が明治43年(1910年)にここに造られた。なおその時造られた初代の灯台は、明治時代に流行した赤レンガの建物だったそうだ。

 

しかし赤レンガで造られた初代灯台は火災で焼失して、六角型煉瓦造で再建された。その後は昭和16年(1941年)になってからコンクリート造りの建物に生まれ変わり、更に1991年に改築されて今見られる形になったという。

 

2017年には日本ロマンチスト協会によって”恋する灯台プロジェクト”にも選ばれたらしいけど、特にそのような恋人が訪れたくなるような仕掛けは見当たらなかったと思うが。。

 

こちらが水面から100mほどの場所に造られている「細島灯台」で、建物自体は高さ約11m。このように日本全国でも見られる、一般的な白い灯台となっている。あまり特徴的でないので、出来れば初代灯台のように赤レンガの建物にしてれば、いい感じの灯台となるんだろうけど。。

 

ここは日向岬の中でも比較的高い場所に造られている灯台なので、この辺りからはさっきの岬先端からよりも、遠くを見渡せる展望スポットでもある。

 

このように目の前には日向灘が広がっている景色が、思う存分見られるスポットとなっている。今でも見られるかもしれないけど、昔は小さな和船がこの辺りを沢山行き交っていたのかもしれない。

 

 

細島灯台からの景色① 動画

 

 

この細島灯台がある場所から少しだけ南西に行った、こちらの丘の上ぐらいに「願いが叶うクルスの海」という場所を見れる展望台があるようだ。次はそこに行ってみようと思う。

 

 

細島灯台からの景色② 動画

 

 

こちらは先程訪れていた日向岬の先端。こんなゴツゴツした岩場の上を歩いていたのも、このように俯瞰的に見るだけでさっきの記憶もより楽しめるのである。

 

この細島灯台にはここを掃除していた管理人のオジサンとオバサンが居て、他には東南アジア系の女子集団が楽しそうに騒いでいた。そんな近くをボクが通りかかると、「スイマセン、写真撮ってクダサイ!」と言ってきたので

カッコいいボクを入れての記念写真は高くつくよ!

と思っていたら、彼女たちの記念写真を撮ってくれとばかりにスマホを渡される・・・。そして彼女たちの記念写真を親切に撮ってあげた後に記念に彼女たちとの記念写真を撮らせてもらう。この子達は日本に技能自習に来ているフィリピン人で、今日は休日なのでこの辺でピクニックをしていたようだ。それにしてもフィリピン人の女の子は、陽気だと感じた瞬間でもあった。

 

 

こちらの灯台は勿論固く扉が閉められているので、中には入る事が出来ない。九州内では昨日訪れた都井岬の灯台だけが中に入れる場所だったので、基本的にはこのように灯台内に入れないのが普通なのであるが。。

 

この細島灯台も建物の形を見ている分には上の展望デッキみたいなスペースが作られているので、せっかくなら観光客に開放してもいいのかと思うけど、実際に上部まで開放すると色んな問題やそれを見守る人件費なども発生するから、開放されていないのだろう。

 

そして馬ヶ背や細島灯台を見終わったので駐車場に戻ると、さっき見た若山牧水の詠んだ句碑の前にハーレーダビッドソンのバイクが置かれていた。この九州は綺麗なドライビングコースが多いので、バイク旅も気持ちいいようだ。

 

こちらは駐車場脇に造られていた「馬ヶ背茶屋」。コロナ禍の影響で閉まっているかと思っていたけど、ちゃんと営業中の旗が出ていたので営業しているようだ。ただ今日はまだあんまり歩いていないので休憩したいとも今は思わないし、休憩している時間が勿体ないのでパス。

 

代わりに馬ヶ背茶屋前で休憩しているように見えた、こちらの双眼鏡クンに挨拶をする。相変わらず双眼鏡クンからは返事がなかったので、これから近くにある若い子が多く訪れる「願いが叶うクルスの海」へと向かう事にする。

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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