神奈川県にある緑に覆われた廃墟のような無人島:猿島を進む【神奈川旅行記㊶】

神奈川旅行記2020年秋-㊶

 旅行期間:2020年11月24日~27日(3泊4日)
(Proceed to Sarushima, an abandoned, green, uninhabited island in Kanagawa Prefecture. [Kanagawa Travelogue 41)

残されたフランドル煉瓦

神奈川県横須賀市の港から、約1.7km離れた海に浮かぶ「猿島」。かつては幕末の江戸幕府や明治政府によって東京湾の防衛拠点として、戦前まで日本軍の要塞が築かれていた島でもある。しかし戦争後にアメリカ軍によって砲台などは撤去されて、その後は無人島として放置された時期もあったので、緑が覆う謎めいた島になっている。

 

【猿島】

住所:神奈川県横須賀市猿島
三笠桟橋から出るフェリーで上陸可能
※フェリー代と猿島公園入場料が必要

 

 

 

猿島探検ツアーの続き!

そんな無人島の猿島も今では横須賀市の重要な観光資源となっており、年間10万人以上の観光客が訪れる島となっている。夏場には島の南側にある砂浜が、海水浴場として賑わう猿島。しかし猿島の魅力はそんな海岸ではなく、残された廃墟のような要塞跡に茂った緑とのコラボ風景にあるようだ。

 

そして島内へと進む通路を歩いて行くと、まずは壁に進路を阻まれます。この島は要塞として改造された島なので、敵が侵入してきた事を想定した造りにもなっている。だから日本の城のように、大手門を通り過ぎて簡単に本丸まで辿り着けるという訳ではなく、このような壁に行く手を遮られて直進しにくい造りになっている。

 

その待ち受けている壁には、このような弾痕が見られる。幕末から明治時代にかけて要塞となっていた猿島だけど、この島が実戦に使われた事はないというので、この弾痕はここに駐留していた兵士が試し打ちでもした跡だったのかもしれない。

 

そして右斜め前に進むと、猿島の中でも一番の写真スポットが見えてくる。この猿島は歴史的なフランス積みレンガ造りの貴重な現存建造物として国の史跡にも登録されているけど、若い観光客からすると『天空の城ラピュタ』のような緑に覆われた廃墟跡の景色を見る為に来ている人も多そうだ。そしてこの通路が写真映えするとして、若い子が嬉しそうに写真を撮るスポットになっている。

鎌大仏君
鎌大仏君

今の時代は、誰でも簡単にスマホで撮影できるからな・・・

 

猿島 上空画像(google map)

猿島 上空画像(google map)

この猿島は外周が約1.6kmほどしかない、小さな島である。そして島内には6門の高射砲が設置されていたが、第二次世界大戦中に空爆を行ったB29の高度が高過ぎて、この島に設置されていた高射砲の届かない高度で飛ばれたので役に立つ事はなかった。

 

この写真スポットは普段からみんなが写真に撮りたがるけど、通行人がどうしても写り込んでしまう。しかし、今回のように島見学の遅めの時間帯に行くと猿島に滞在している観光客が減っていくので、人が通路に居ない写真をどうしても撮りたければ遅めの時間帯に行くのがいいのかもしれない。

 

この猿島は要塞として設計された為に、この通路などは岸壁を掘り込んで造られた物となっている。なので自然になっていた獣道みたいな道を改造した訳ではなく、多くの人手で工事が行われた訳だ。そして昔は今みたいに重機の無い時代だったので、恐らくそれなりの重労働だった事だろう。

 

そしてこの通路脇には、このような穴が造られているのが見える。この穴は「兵舎」でこの島に駐留していた兵士が、寝泊まりする場所だった。なお、この下には空襲を警戒して地下壕も造られており、見学も出来るようだがこのツアー(30分)ではできずに、『猿島公園専門ガイド協会』の専門ガイドのツアーでは入れるそうだ。

 

 

 

兵舎内を覗く! 動画

 

 

 

このように通路の脇から生い茂る木々によって、上空からはこの通路が分かりにくくなっている。そしてこの島を訪れる観光客にとっては、このように緑が要塞跡を包み込もうという意思を持って生きているようにも感じれるので、パワースポットとしても人気なんだとか。

 

 

猿島内を進んで行く! 動画

 

 

ただ猿島の歴史的遺産の価値はその緑が認められている訳ではなく、この要塞に用いられている壁のレンガの構造である。ガイド無しで観光する人は緑の溢れる廃墟跡の雰囲気だけしか目がいかないと思うけど、大事なのはこのレンガである。だから猿島を見学する際には、このようにレンガも見ていくべきである。

 

この探索ツアーでは一応ガイドレシーバーを貸してくれるのだが、参加者がボクを含めて2人だったので、ガイドレシーバーは使わずに終わる。ちなみにこのツアーは参加者が1人でも行っているので、他に参加者が居なくても心配する必要はないようだ。

 

さっきやって来た通路の入口を振り返ってみると、まだ女子達は写真撮影に夢中になっている姿が見られる。冷静に考えるとこの島に来るのに、往復船賃と入場料を合わせて大人:1600円かかるので、その支払った料金の元を取る為には沢山写真を撮らないといけない事だろう。

その気持ち、よく分かります!

 

そして次に見えてきた穴は「弾薬庫」である。数台の高射砲を設置していた猿島では、勿論その高射砲の弾薬が必要で、島内に数箇所このような弾薬庫が設置されている。ただこの弾薬庫は、正面のレンガが隣までの岩とあからさまに違っているので、後から増築された物だという。

 

こちらは弾薬庫内をライトで照らしてくれたので、部屋の中を覗いてみる。なお今ライトで照らされている壁には穴が空いているが、これは明かり窓となっている。灯り代わりのロウソクなどを持って来ても引火しないように、弾薬のある場所までは持ち込めない為に、代わりに明かり窓が造られていたという訳だ。

 

さっきから注目しているレンガだけど、レンガ積み建造物もその積み方を見ると、それが造られた年代を見分ける事が可能である。こちらの弾薬庫は見た目にも新しめに見えているけど、このレンガの積み方を見ると”イギリス積み”になっていて、国内で初期に建造されたレンガ造りの建物とは違う事が分かる。

 

この景色だけを見ていると、どこか知らない山の中に入り込んでしまったかのような錯覚を受けてしまう。ここは小さい島なので勿論周辺に車が通る音も聞こえないので、秘境に来たかのようにも思える場所となっている。

 

そしてこちらの窪んだ場所にレンガ造りの壁が残されているが、こちらでその”イギリス積み””フランス(フランドル)積み”が勉強できるポイントになっているようだ。ただどちらにしろ長短のレンガを積み重ねて造られている訳だけど、なぜ違う積み方が導入されたかの歴史は、幕末の国内情勢に原因があるとも考えられている。

 

こちらの壁は今見える部分が”フランス(フランドル)積み”になっているが、右側の部分だけは”イギリス積み”になっている。このレンガは開国した幕末に日本に入って来たが、その当時江戸幕府はフランス政府に好意を示していたので、その為に”フランス積み”の建造物がどんどん導入された。

 

 

そしてこちらは”イギリス積み”で、文字通りイギリス流の積み方。幕末当時にイギリスは自国が派遣していた人間が、大名行列を遮ったとして切り殺された”生麦事件”から薩摩藩との戦争に突入する。そして鹿児島湾に軍艦数隻を派遣して、”薩英戦争”というイギリス対薩摩藩の戦争が行われた。

朋ちゃん
朋ちゃん

この生麦事件は神奈川県の生麦村で起きたのよ~!

 

英国で報じられた薩英戦争の様子(Wikiより引用)

英国で報じられた薩英戦争の様子(Wikiより引用)

しかしイギリスはその戦争で薩摩藩の実力を認めて、手を貸す事になる。そして薩長連合はイギリスと協力し、討幕を果たす事に成功し、明治政府には薩長の閣僚が多く登用された為にイギリス式の方法が多く導入される事に繋がる。

東郷どん
東郷どん

おいどんはこの時に島流しされてたので、参加してないでごわす!

 

そしてガイドさんがこちらの、”イギリス積み””フランス(フランドル)積み”の違いが分かる資料を見せてくれる。横からレンガ造りの壁を見ると、イギリス積みは長い面を続けて並べて、短い面は短い面だけを続けて並べているのが特徴である。

 

なお”フランス積み”は見た目が優雅で好印象に見られたが、造るのに手間が掛かったり、構造的に弱かったりもあり、明治時代が進むほどにフランス積みは採用されずに、イギリス積みの建物が増えていく。それもあってフランス積みのレンガ造りの建造物は珍しく、国内で現存しているのも僅か数件しかないという。

 

そのようにレンガの積み方を調べる事でも、色んな事が勉強できて知識が増える猿島。国内の埠頭近くに今も現存している歴史的なレンガ倉庫などが多いけど、その殆どがフランス積みではなくてイギリス積みの建物となっているのにも理由があるという訳だ。

 

こちらの兵舎跡もこのように蔦が延びてきていて、『天空の城ラピュタ』に出て来る巨神兵のような雰囲気を感じれる。木造の建築物であれば時間が経つと朽ち果ててしまうが、レンガ造りの建造物はそう簡単には崩れない。ただレンガ造りの建造物は地震には強くないけど、横浜のみなとみらい地区にある赤レンガ倉庫などはレンガの間に鉄を入れている為に頑丈になっていて、関東大震災でも被害が少なかったそうだ。

 

こちらには兵舎から上に設置されている高射砲台へ向かう階段も見えるが、ここは立ち入り禁止エリアとなっている。見ても分かるように崩れそうな階段となっており、廃墟感を更に醸し出すオブジェとなっている。

 

夏場には多くの観光客がやって来て、このような狭い通路も人でごった返すのだろうが、この秋の終わりの平日の遅い時間帯だと、観光客が少ないのでより猿島の雰囲気に浸れて観光が出来る。秘境感がある場所も、多くの観光客を見かけるだけでその雰囲気が消えてしまうので、なるべく人が少ない頃合いを見て訪れるべきかと。

 

しかしこの要塞を造るのにはそれなりに大変な労力が掛けられた事は想像に難くないが、要塞が造られたのはここ猿島だけではなく、日本中の色んな場所にも造られている。また東京湾にはこの猿島以外にも「第二海堡」という人工島が造られて、そこを含めた東京湾への防御を固めていたようだ。

 

こちらも弾薬庫だけど、昔の爆弾などはいきなり爆発する事も度々あったので、適度に離れた場所に設置する必要性もあった。三笠桟橋に鎮座している記念艦:三笠も、日露戦争で沈められる事は無かったけど、実戦以外の時に弾薬庫が爆発してそれで沈没もしているので、敵の攻撃よりも自軍の保管している爆弾に気を遣っていた事だろう。。

 

この弾薬庫は上にある高射砲の高台まで、弾薬を上げれる竪穴が造られているそうだ。だから弾薬は下に置きながら、必要性のある場合は滑車で高台まで引き上げて使おうとして設計されていたようだ。

 

日本国内に無数に造られていた城の石垣造りの技術も凄いけど、明治時代になって急に海外文化が流入してきて、一気にレンガ造りの建物がもてはやされる事になる。しかし関東大震災(1923年) でレンガ造りの建物が地震に弱い事を思い知った日本人は、地震大国に生きるすべとして鉄筋コンクリート造りの建造物へシフトしていく事になる。

 

さっきから猿島を見学しているが、まだこれでも猿島の半分までも来ていない。小さいように見える猿島だけど、色んな事を勉強しようという気持ちを持って見学すると、それなりに見学時間が必要な場所になるのであった。。

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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