横浜の歴史を勉強できる「横浜開港資料館」と「横浜都市発展記念館」だが・・・【神奈川旅行記56】

神奈川旅行記2020年秋-56

 旅行期間:2020年11月24日~27日(3泊4日)
(You can study the history of Yokohama at the Yokohama Port Opening Museum and the Yokohama Urban Development Memorial Hall, but … [Kanagawa Travelogue 56)

写真が撮れないのは・・・orz

横浜市のかつて日本に入ってきた外国人の居留地ともなっていた場所には、歴史的な建物が保存されていて、更にはその建物が博物館や資料館になって残されている所が多いので見所ある場所となっている。そして次に辿り着いたこの建物は「横浜開港資料館」という、かつては旧館が英国領事館として使われていた場所。

 

 

横浜開港資料館にて

こちらの建物(旧館)は1931年に英国領事館として造られた建物で、1972年まで領事館として使われてきた。そしてその後1981年に今の横浜開港資料館として開館し、海外の文化を多く受け入れてきた横浜の歴史を学べる場所となっている。

 

 

この横浜開港資料館の建物は、英国領事館として使われていた旧館と、手前(横浜港側)の新館と2つの建物で構成されている。そしてその中庭には大きな木が植えられている、広々とした景色が見えてくる。

 

その中庭にはこのようなペリー提督を初めとする、アメリカ海軍の兵士が連れられて、日本に上陸した時の様子が描かれた絵が石碑に嵌め込まれている。なおペリー提督が日本に初めてやって来た1853年は4隻で訪れていたので、この絵はそれ以上の船が沖に停泊しているのが見えるので、その翌年に返事を求めてやって来た時の様子かもしれない。

 

この場所は1854年に再び日本を訪れたペリー提督と江戸幕府が、日米和親条約を結んだ場所とされている。ちなみにこの横浜開港資料館の中庭に植えられている大きな木は、この調印が結ばれた時に生えていた「たまくす」という木の子孫だという。

 

こちらがその「たまくす」という、ペリー提督がやって来た時に生えていたとされている木の子孫で、関東大震災(1923年)などの火災で燃えた木の残りから再び芽が出て、それが再生してこのような大きな木になって現存しているようだ。

 

ただ残念ながらこの「横浜開港資料館」の館内は写真撮影が禁止となっていて、資料館の展示物は写真に残す事が出来なかった。先程の神奈川県立歴史博物館程には資料もなかったけど、貴重な横浜の歴史が学べる場所ではありながら、その記憶を写真に撮って残す事が出来ないのは大変残念であった。。

鎌大仏君
鎌大仏君

写真ではなく、脳裏に焼き付ける必要があるね!

 

仕方なしにその横浜開港資料館の新館2階の休憩スペースから見えた、道路を挟んだ反対側の建物を眺めてみる。するとこちらの建物の2階部分には、本物の炎が立っているように見えた。こちらのビルは「横浜貿易協会ビル」という昭和4年(1929年)に建てられた鉄筋コンクリート造りの建物で、その1階スペースには飲食店などが入っていて、炎が焚かれているトーチがあったのは「サンアロハ:みなとみらい山下公園本店」というお店の一部のようだ。

 

 

横浜開港資料館は基本的には館内の資料は写真撮影禁止だったけど、こちらの「1888年の横浜外国人居留地の地図」だけは写真撮影可能となっていたので、数少ない戦利品代わりにこちらの写真を収める事にした。この地図を見ると、この横浜港付近から、左手の山手側にもフランス軍などの居留地が造られていたのが分かる。

 

幕末に開国してから続々と外国人が未開の地である日本に押し寄せてきたけど、一気に外国人が色んな場所に行き出すと問題があった為に、まずはこのような外国人居留地に押しとどめる事になる。何事もそうだけど、急に外国人だらけとなると日本人が驚いてどういう行動に出るか分からないので、当面は徐々に慣れさせる作戦だったのだろう。

 

そして20~30分の滞在で横浜開港資料館に展示されている資料を見学した後に、その付近を散策しているとこちらの教会らしき建物が見えてくる。こちらは「日本キリスト教会:横浜海岸教会」で、明治5年(1872年)3月に”国内初のプロテスタント教会”として設立された、歴史的な教会であった。

 

 

日本のキリスト教は戦国時代の後半に訪れたイエズス会のザビエル宣教師を初めとする、ローマカトリック教会が多かった。しかしヨーロッパでは人間の私利私欲まみれになっていたカトリックに反旗を翻した、改革派とも呼ばれるプロテスタント教会が勢力を強めていた。その為に日本にプロテスタント教派がやってくるのも時間の問題だったが、プロテスタント教会として初めて1872年に国内に設立されたのが、ここ横浜にある教会だった。

 

そしてその教会の近くには、こちらの「近代のパン発祥の地」と彫られている記念碑も見えてくる。パン自体はキリスト教ではワインは”キリストの血”とされ、パンは”キリストの肉”とされている程に重要な食べ物である。そんなパンが日本に入ってきたのはザビエル時代だったが、幕末以降にこの近くにフランス軍の居留地が造られて、そこでフランス人のコックにパン作りを教えられた日本人がパンを製造した為に、ここが”パン発祥の地”となっているようだ。

 

 

横浜都市発展記念館&横浜ユーラシア文化館にて

そして次の目的地がこちらの交差点の角にある建物で、ここは昭和4年(1929年)に横浜中央電話局として建てられた建物で、今では”横浜市認定歴史的建造物”にも指定されている場所に「横浜都市発展記念館」「横浜ユーラシア文化館」が階を分けて入居している。

 

 

さてこの建物の見学はまず上の「横浜ユーラシア文化館」から行っていく。なお、訪れた時にはこちらの『杏咲く頃―絵筆と歩いたシルクロード (小間嘉幸絵画展)』(©Koma Noriko)が開催されていた。

 

ここに展示されている作品は「小間 嘉幸(こま よしゆき)(1929~2012年没)という東京の美術教師でもあった洋画家が、約30年間に渡ってシルクロードの中央アジア付近を旅して描き続けた絵画となっているようだ。入口にはその小間が愛用していたというパレットが展示されているのが見える。

 

シルクロードなどの中央アジア地方にはまだ行けてないだけに、とても興味がある地方だったのでいい展示会に出会えた。ちなみに新型コロナウイルス感染が世界的に拡がり始めた2020年4月にウズベキスタンへの旅行を予定していたが、あっけなく新型コロナウイルス感染の波に押されて中止となってしまった。。

 

だから余計にこのシルクロードの景色や文化には興味があり、コロナ禍に再放送されていたNHKの過去に放送されていた旅番組などを見ると、逆に新鮮に見れた記憶が蘇る。

 

特に行こうとしていたウズベキスタンなどの地方はイスラム教が中心の国となっているが、海外旅行にあまり行かない人からすると「イスラム教の国って、ちょっと怖い・・・」というイメージが強い事だろう。

 

しかしイスラム教の国に実際に行ってみると、全然怖い場所ではなく、人々も全然怖くはない。というのは日本人は勝手にアメリカなどが創り出した”イスラム教徒がテロを計画した首謀者”というイメージを脳裏に刷り込まれており、実際に訪れたり見た事のないイスラム教の国を偏見で決めつけている人が意外と多い。

 

そんなボクも海外旅行に行き出す前まではイスラム教の国にあまりいいイメージを持っていなかったけど、実際にイスラム教の国に行ってみると前まで持っていた悪い思い込みが何だったのかと思う程に、素晴らしい国ばかりであった。そしてイスラム教の国の人々は優しく対応してくれたりもしたけど、ただイスラム教でも国によってその戒律の厳しさが違うので、一律に同じ考えをしている訳ではないので、そこは注意が必要かと思う。

 

 

こちらはボクが行きたかったウズベキスタンの首都タシケントの旧市街地にある「アブンババイヤ」という広場で、荷物を運ぶロバなどが見られる。このような場所に行くとロバが人間の荷物を運ぶ役をしている事が多く、日本では考えられない光景が見られるのが海外の素晴らしい所だと思う。

 

こちらはウズベキスタンの世界遺産にもなっている旧都の「サマルカンド」。シルクロードの重要な中継地点として栄えたサマルカンドの街では、イスラム教でよく使われるブルー色が”サマルカンド・ブルー”として街の建物の至る所に用いられている。

 

こちらはこれらの作品の作者である小間さんが使用していた、下絵用の型だそうだ。少し厚めのハガキのような紙を使って、構図を考えていたようだ。それにしてもこのような下絵用の型を見ているだけで、ロバやラクダなど日本ではお目に掛かれない中東っぽい動物が見れるだけで、そのシルクロードの雰囲気が伝わってくるようにも感じる。

 

イスラム教では基本的に男尊女卑の考えが徹底されていて、女性は男が興奮するといけないので、基本人前に出る時はベールで頭部を隠すというのが基本原則とされている。ただ国によってはその戒律の厳しさと解釈が異なり、顔を普通に出しても問題ない国もあるけど、最近に反政府武装勢力:タリバンが支配したアフガニスタンではイスラム教の厳格な教えに基づき、女性が外に出る場合は顔や肌を隠し、必ず男性を伴ってしか外出できないようにという決まりを押し出している。

 

イスラム教といっても本質的にはキリスト教徒や仏教徒とは、大きくは変わらない。どれも神様を信じてお祈りをしており、その宗教の原則に従っているだけである。そしてイスラム教は”目には目を歯には歯を”というハンムラビ法典のようなやり返す事が認められているが、それはキリスト教でも”汝は隣人を殺す事なかれ”と決められながら殺人を犯しているように、宗教というよりは人間の本質の問題が大きく影響しているのだろうが。

 

イスラム教の国はアフリカ大陸のモロッコやチュニジアなどを訪れた事があるけど、地中海沿岸の地方は白い石灰で塗られた壁にブルー色のインキが塗られていて、青い街の雰囲気となっている場所がとても印象的に残っている。

 

特にモロッコのシャウエンという街はその青い街並みで、モロッコの人気の観光地となっている。このシャウエンという街はそこまで観光客に人気のある場所ではなかったらしいけど、近年に韓国人などが写真を撮りに来るスポットとして紹介された為には今では多くのアジア人が写真を撮る為に訪れる観光地となっている。

メグちゃん
メグちゃん

シャウエン、綺麗な街だったね!

また行きたいよね~!

 

 

これらの作品を描いた小間さんは中央アジアだけではなく、シリアやレバノンまで訪れてこのような絵を描いている。そこには「ベドウィン」と呼ばれるアラブ系の遊牧民族が住んでおり、それらの日常の姿なども多く描いていたようだ。

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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