手鏡もミラー部分ではなく、裏側装飾がメインで展示される東京国立博物館【神奈川&東京旅38】

神奈川県&東京旅(2022年12月中旬)-38

訪問:2022年12月中旬(2泊3日)

立派な手鏡!

上野 国立博物館本館 「金工」ブース

ここは東京都台東区上野公園内にある「東京国立博物館」

明治初期に国内で失われていく歴史的な文化財を保護する為に、”日本で初めての博物館”として創設された施設である。

 

【東京国立博物館】

住所:東京都台東区上野公園13番9号
営業時間:9時30分~17時頃(※定休日:月曜日他)
電話番号:050-5541-8600
総合文化展観覧料:大人1000円/大学生500円/満18歳未満&満70歳以上は無料

 

 

 

金工ブースの見学!

上野 国立博物館本館 「金工」ブース 説明パネル

彫刻コーナーを見学して、次にやって来たのは「金工」のコーナーとなっている。

人類が金属を加工し始めた頃は定かではないが、紀元前7000年~紀元前6000年頃にメソポタミア文明での”銅器時代”という説もある。

 

上野 国立博物館本館 「金工」ブース 説明パネル2

その後、紀元前3600年頃にはメソポタミア地方南部のシュメール人が、”銅とスズの合金”であり、鋳造性と強度に優れた「青銅」を発見した。

この頃から『青銅器時代』とも呼ばれ、銅に比べて強度が強い金属が造れた為に、人類は新しい武器を開発し、戦争の繰り返しによって金属の精錬技術や鋳造技術が急速に発展していく事に繋がる。

黒玉親父
黒玉親父

人類の技術は戦争と共に発展したタマ!

 

上野 国立博物館本館 「金工」ブース 説明パネル3

現代の人類も毎日欠かさず地球上のどこかで戦争が行われているが、逆に言えば、戦争が無くなれば人類の技術の進歩が止まってしまう可能性も考えられる。

戦争では常に相手に負ければ自分の命が失われる恐れから、極限までの精神状態に追い込まれながらも、開発競争が行われる薬にもなっているのだ。

鹿角クン
鹿角クン

平和になった時に人類の進化が止まるというのも皮肉な話だな!

江戸春男
江戸春男

江戸時代みたいに、文化系の技術が逆に高まっていくぜい!

 

上野 国立博物館本館 「金工」 『霰地真形釜』

こちらは15世紀の室町時代に作られた、鉄で鋳造された『霰地真形釜』

現在の福岡県芦屋町付近で作られた品で、「霰(あられ)と呼ばれた表面にボコボコと出た突起の名前が付けられている品。

 

上野 国立博物館本館 「金工」 『蓬莱鏡』

こちらは鎌倉時代の13世紀に作られた、銅で鋳造された『蓬莱鏡』

鶴や亀が居る中で不老不死の仙人が暮らす理想郷「蓬莱山」のイメージがモチーフとなって、手鏡の裏側にその装飾が施されている。

 

上野 国立博物館本館 「金工」 『田子の浦富士柄鏡』

こちらは江戸時代の18世紀に作られた、銅で鋳造された『田子の浦富士柄鏡』

百人一首の中にも出てくる『田子の浦 打ち出てみれば・・・』でも有名な、駿河湾西沿岸の景勝地「田子の浦」の景色と、その背後に富士山が配置されている絵が目立つ手鏡。

 

 

上野 国立博物館本館 「金工」 並ぶ手鏡

東京国立博物館に展示されていた手鏡で興味深かったのは、鏡でよく使う反射するミラー部分ではなく、その外側の装飾がメインで展示されていたからだ。

鏡を使う分には外側のデザインがどうであれ問題はないが、魅せる為の手鏡であれば、外側の装飾が凝ったデザインになったようだ。

 

上野 国立博物館本館 「金工」 『梅竹柄鏡』

こちらは江戸時代の18~19世紀に作られた、銅で鋳造された『梅竹柄鏡』

このような手鏡も江戸時代後半になると、持ち手部分が太く短い柄がブームとなった為に、その特徴を知っている人からみれば

ブッダ君
ブッダ君

江戸時代後半の作品じゃな!

と理解できるのである。

 

上野 国立博物館本館 「金工」 『自在伊勢海老置物』

こちらは江戸時代の18~19世紀に作られた、鉄で鋳造された『自在伊勢海老置物』

 

「自在龍置物」を動かしてみた(東京国立博物館)

「自在置物」とは江戸時代に国内で発展した、鉄や銅などの金属板を素材として龍・蛇・伊勢海老などの模型を作った物で、更には何とその模型が自在に動く設計ともなっていたので、「自在置物」という名前が付いたという。

鹿角クン
鹿角クン

”金属版プラモデル”みたいだな!

 

上野 国立博物館本館 「金工」 『太刀 粟田口久国』

そして奥には、日本人が芸術の域にまで金属加工を発展させた証の刀剣も飾られていた。

こちらは13世紀の鎌倉時代に作られた『太刀 粟田口久国』

※国宝 

 

上野 国立博物館本館 「金工」 『太刀 粟田口久国』2

この太刀を制作したのは、鎌倉時代初期に京都で活躍した”粟田口派”の名工として知られる「久国」となっている。

粟田口派の祖:粟田口国家の次男だった久国は、6兄弟で『粟田口六兄弟』とも呼ばれる程に名工一家だったという。

 

この太刀は後鳥羽上皇の御番鍛冶の1人ともされた久国の代表作で、今では「国宝」にも指定されているが、徳川家康の遺品として紀州藩初代藩主:徳川頼宣の二男 徳川頼純が紀州藩支藩として立藩した伊予西条藩主:松平家に伝来した物となっている。

黒玉親父
黒玉親父

国宝の名刀でも、一度も試し切りが行われていないので斬れ味は不明タマ!

 

 

上野 国立博物館本館 「金工」ブース内観

刀剣も本来は戦用のメイン武器としてその製造技術が高まっていったが、争いが無くなった江戸時代に入ると、本来の斬れ味とかは度外視され、いかに美しい刀剣を作るかにシフトしていった。

 

上野 国立博物館本館 「金工」 刀剣のパーツ説明

日本刀は長い鉄の塊であるが、それぞれの部分毎に違う名称が付けられており、『鎬を削る』のように日常的に使われる言葉の基になった部分も存在している。

江戸春男
江戸春男

オイラも毎日、鎬を削ってるぜい!

 

上野 国立博物館本館 「金工」 刀剣のパーツ説明2

そして日本刀の全体では7つに分類されていた名前も、更にそれぞれの部分毎に細かく名前が付けられていた。

江戸春男
江戸春男

小鎬も毎日、削ってるぜい!

 

上野 国立博物館本館 「金工」 『伯耆安綱』

こちらは平安時代に作られた『太刀 伯耆安綱』

平安時代中期頃に「伯耆国(現在の鳥取県)」で活躍した刀工「大原 安綱」の作品で、中国地方で採れる良質な砂鉄を使っての刀剣作りが盛んだった為に、名刀が生まれる事に繋がったようだ。

※国の重要文化財

 

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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神奈川&東京旅(2022)

2022年12月中旬に『どこかでマイル』を使って訪れた、2泊3日の神奈川県&東京旅です。

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