別府温泉の風俗街ど真ん中にある、西鉄の鉄腕神様を祀った稲尾神社

九州縦断旅:大分編

 旅行期間:2020年8月中旬

 

別府温泉にある鉄腕の神社

別府の鉄輪温泉街にある、地獄のように湯煙が湧き出ている景色

さて引き続き別府にある鉄輪温泉街を散策していきます。今でもこの周辺には「○○地獄」という名前が付けられていて、このように噴き出す温泉源泉の蒸気に含まれる硫黄などの成分が、ボイラーなどに付着している様子が見えます。

 

別府の温泉街にて

別府の鉄輪温泉街にある、地獄のように湯煙が湧き出ている景色-1

この辺りに住んでいない観光客達からすると、捨てる程に湧き出てくる温泉源泉があって、しかも無料の共同浴場や格安の共同浴場で毎日天然温泉に浸かれるという贅沢な場所に思える別府の温泉街。しかしそこに暮らす人々は温泉も有難いけども、普通に飲めたり稲作とかに使用できる普通の地下水などの方が昔は有難かったようだ。この地獄と名付けられているのも、そこで暮らさざるを得なかった人達が皮肉を込めて付けたのかもしれない。

 

 

鉄輪温泉街にて

別府の鉄輪温泉街にある、地獄のように湯煙が湧き出ている景色-2

この鉄輪温泉街には老舗の温泉旅館が沢山あるけど、路地を1本入ってそれらの旅館やホテルの裏側を見てみると、このように温泉地ならではの裏の顔が見える。長年温泉源泉の湯気に晒されると、このように湯気に含まれる成分がパイプなどに付着してしまう。このような様子なども地獄の景色に見えるのかもしれない。

 

別府の鉄輪温泉街にある、地獄のように湯煙が湧き出ている景色-3

このように鉄輪温泉には、温泉の湧出量が日本最大である別府の中でもその大半の湧出量を占めている、別府を代表する温泉街である。この狭い温泉街にはこのように至る場所から湯気が湧き上がっている景観があり、他の場所ではなかなか見る事が出来ない。なおこの鉄輪温泉街の景観は”重要文化的景観”として国に指定されている場所でもある。

 

別府の鉄輪温泉街で熱い蒸気で食べ物を蒸す窯

そしてこれも鉄輪温泉街ならではの、街中に設置されている食べ物を蒸す為の蒸し窯である。この鉄輪温泉街ではこの蒸し窯に入れて蒸す事を「地獄蒸し」と呼び、この街の至る所でこのような蒸し釜が見られる。

 

別府の鉄輪温泉街で熱い蒸気で食べ物を蒸す窯-1

この温泉街に長期滞在する人達は近くにある食料品店で食材を購入し、この蒸し釜で蒸すという。こういった光景はこの鉄輪温泉街ならではの文化でもある。単に部屋で電子レンジでチンとは違い、この鉄輪温泉の熱によってアツアツの食事を楽しめるのである。

 

別府の鉄輪温泉街の通りにある看板

この鉄輪銀座通りは、療養の為の長期滞在者向け「貸間」という宿が立ち並ぶ通りでもある。アトピーなど皮膚病がある人に温泉が効くとかいう噂話もあるので、機会があればこの温泉街に長期滞在してみてどうなるかを試してみたくなる場所でもある。

 

別府の鉄輪温泉街の通りにあるお店

この銀座通りにはこのような食料品店が何軒かあって、そこで先程の蒸し窯で「地獄蒸し」を出来るようにと食材などがメインで売られている。

個人的には関西で有名な551蓬莱の豚まんを、この地獄蒸しで食べてみたい!

 

別府の鉄輪温泉街の通りに居座る猫ちゃん

そんな銀座通りには人間だけではなく、猫ちゃんも療養に来ているのか、道にのんびり座っていた。これらの温泉が人間に効くのであれば、猫ちゃんにも効用があるのかもしれない。ただし熱いと入れないので、だいぶ水温を下げてあげないと水浴びが出来ないだろうが・・・。

 

別府の鉄輪温泉街の通り

普段なら多くの観光客や長期温泉療法者が溢れているハズの鉄輪温泉街も、この2020年8月にはまばらな姿しか行き交う人が見られなかった。コロナ禍に湧いた2020年だったけど、外出自粛要請などの影響もあって家に居てる時間が増える程にテレビやネットニュースなどを見る機会が全般的に増えた。すると家の中でそういったメディアの情報ばかりを見ていると、その情報が世間の情勢の全てのように錯覚してしまいそうになる。

しかしメディアで流しているのはあくまでテレビやネットニュース制作側の意向が込められているので、それが正しい情報かは分からない。特にテレビではスポンサーの意向も影響しているので、あくまでもテレビ局側に都合のいいニュースしか流さないので、そういった情報判断力が問われた2020年でもあったと思う。

 

特にネットニュースでは家に居てると暇なので、書き込み件数が飛躍的に増えた。しかもその書き込みの大半が誹謗中傷やストレス発散などの内容が多く、その影響で自殺する芸能人もいた。そう思うと電車に乗ると乗客の大半がスマホに夢中になっている光景も、一度歯車が外れると恐ろしい惨劇が起きてしまうという副作用を認識しておかないといけないのである。

 

 

別府の鉄輪温泉街の通りにある劇場は閉店

こちらは鉄輪温泉街のメインストリートである「いでゆ坂」にあった、1953年(昭和28年)に創業された大衆演劇の劇場&温泉旅館であったヤングセンター。ただ2020年3月31日をもって閉館していたが、こちらはコロナの影響ではなく、経営者の高齢化と経営不振の影響で2019年中に閉めるという判断がなされたそうだ。

 

 

別府中心部へ向かう

さて別府でも一番温泉街の雰囲気がある鉄輪温泉街を後にして、別府の中心部へと移動します。今日宿泊するカプセルホテルは別府中心部にあるという。そして車で移動中にこの別府でも高級旅館として昔から人気の「杉乃井ホテル」が山の手前に見えてくる。

 

 

別府温泉にある杉の湯

この「杉乃井ホテル」は1944年(昭和19年)開業の別府でも老舗ホテルで、昔の伝統を頑なに守るのではなく、別府湾が見える屋上プールなどを兼ね備えた新しい斬新な建物などを建設し、この山の手周辺には杉乃井ホテルの巨大ホテル建物が乱立している。別府温泉街でも一人勝ちにも見えてしまう程の、大人気のホテルである。

 

 

別府中心部へ向かう-2

この別府市内には「立命館アジア太平洋大学(APU)」という、日本人と海外からの留学生が半分ずつの割合を占める大学があり、その辺のコンビニなどのバイト君達はこの大学に通う留学生が多い。宿泊したカプセルホテル近くのコンビニで働いていたのは、スリランカから留学している男性だった。ちなみにスリランカでのシンハラ語の発音は、日本語と似ているらしくて、スリランカ人は日本語を習得する期間が比較的短いとか。

 

別府中心部へ向かう-1

別府市内へと車が進んでいくと、高い建物が見えてくる。こちらは「グローバルタワー」という別府市内を見下ろせる建物で、約100mの高さにある展望台へは大人300円で入場できる。

 

 

それとこのグローバルタワー近くにある明豊高等学校は、福岡ソフトバンクホークスに在籍する内野手の今宮健太選手の出身校でもある。こういった情報をこまめに教えてくれる”エロ坊主オジサン”は北九州市民だけあって、勿論福岡ソフトバンクホークスファンである。なお鹿児島のフレンドである”西郷どん”もホークスだったし、昔の本拠地だった大阪球場から九州福岡に移転したホークスの決断は今となっては大成功である。

ちなみに近鉄バファローズファンだったボクにとっては、ホークスは大嫌いなチームなんですが・・・

エロ坊主オジサン
エロ坊主
オジサン

昔九州には西鉄ライオンズがおったけど、やっぱり地元のチームを応援してしまうけん!

 

別府の観光産業発祥の亀の井ホテル

こちらの大きな建物は「亀の井ホテル」でさっきの杉乃井ホテルとは全く別物で、このホテルを建てた経営者が今の人気観光地となった別府を造った人物とも言われている。それは”別府観光の父”などとも呼ばれる油屋熊八である。彼は私財を投げ売ってまで別府を観光地にする為に投資し、今となっては観光地での常識となっている、当時では前例の無いアイデアを次々と発案して企画したアイデアマンでもあった。

 

 

別府の観光産業発祥の亀の井ホテル-1

この亀の井ホテルは今では九州でチェーン展開するローカル・レストラン店のジョイフルの傘下になっている。しかしこのホテルを1911年(明治44年)に創業した油屋熊八は、大阪からの汽船を定期的に運行させる為に特別な桟橋を造ったり、女性バスガイド付きの観光専用バスなどを発案し、別府の地獄温泉巡りツアーなどを企画したりしたのである。

 

「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」

by  油屋 熊八

「旅人へのおもてなしを忘れてはいけない」という聖書の言葉を信念に、国内事業で失敗しアメリカ大陸に渡り約3年の放浪生活を経た後に別府に戻ってきた油屋熊八。もし国内事業が安泰に進んでいたら、彼のこういった情熱を掛けた別府開発も成しえなかったのかもしれない。そう思うと人生って色んな失敗や挫折が、後の人生に大きく役立つのである。

エロ坊主オジサン
エロ坊主
オジサン

人間は途中経過よりも最終的にどんな人間になるかが、大事やけ!

 

 

別府温泉中心街にて

別府温泉街でまずはコンビニでビール

今夜の別府での宿は”エロ坊主オジサン”が定宿にしている、格安カプセルホテルの「カプセルホテル ニューグロリア」。1泊2500円で更にGT TO トラベル対象宿なので、事後申請すればその宿泊費の35%が還付される(※事後申請から約3ヵ月が経つけど、GOTOトラベル事務局からの振り込みはなし・・・)。

ホテルに一旦チェックインしてから早速別府の街へと繰り出すが、居酒屋でも行くのかと思っていたら、いきなりコンビニに行って缶ビールでまずは乾杯をする。

特につまみもなしに空きっ腹にアルコールを流し込むと悪酔いしそうに思うけど・・・

エロ坊主オジサン
エロ坊主
オジサン

早く酔った方が安上がりやけ!

 

別府温泉街でまずはコンビニで買ったビールを飲む

隣で缶ビールをグビグビと飲む”エロ坊主オジサン”、温泉に入るつもりなのでタオルを首から掛けている姿が何とも違和感なく似合っているように見える。若い女性などはこのように首からタオルを掛けて外を歩くのに抵抗がありそうだけど、周りの目など気にしない”エロ坊主オジサン”は好きなようにやりたい放題である。

 

別府温泉街にある風俗店の外観

この別府市内中心部にはメイン通り沿いにこのように風俗店があったりして、意外とオープンな感じの街に見える。結局観光客が多く押し寄せる観光地付近には、それらの観光客のシモを満足させるお店も充実しているようだ。

 

別府温泉街の路地を進む

さてゆっくり椅子に座って缶ビールを飲んでいたものの、結構蚊が付き纏うので別府市内を散策する事にする。なおこちらの細く所々が改装中の路地は、「竹瓦小路アーケード」と呼ばれる日本で現存する最古のアーケードだそうだ。1921年(大正10年)に完成したこのアーケードは奥にある竹瓦温泉へと通じる玄関道として、観光客がお土産屋を買ったり飲食をする店などで昔は大繁盛していたそうだ。

 

別府温泉街でも人気の竹瓦温泉-1

その日本一古いアーケードを抜けると、これまた昔風の建物をした歴史がありそうな温泉が見えてくる。こちらは「竹瓦温泉」という1879年(明治12年)に創業された、別府でも特に歴史のある温泉である。

 

【温泉】竹瓦温泉

 

住所:別府市元町16番23号
【営業時間】 普通浴 6:30~22:30 / 砂湯浴 8:00~22:30
【休館日】 普通浴 3月6月9月12月の第3水曜日/砂湯浴 第3水曜日
※祝日の場合は翌日が休み
【入浴料金】 普通浴 大人300円*小人100円 / 砂湯浴 1,500円

 

 

 

別府温泉街でも人気の竹瓦温泉

今見られる建物は1938年(昭和13年)に建てられたもので、こちらは2004年に登録有形文化財として登録されて、2009年には近代化産業遺産に認定されている。なお先程通った古いアーケードの竹瓦小路アーケードも『別府温泉関連遺産』として一緒に2009年に近代化産業遺産に認定されている。

 

別府温泉街でも人気の竹瓦温泉-2

そんな別府でも特に人気があり歴史ある、なおかつ名物の砂湯(源泉で温められた砂を浴衣の上から掛けてくれる)を楽しめるという場所だったので「後で寄ろう!」と言ってたけど、結局行けずであった・・・。

 

 

稲尾神社(波止場神社)にて

別府温泉街にある稲尾神社の旗

そして別府温泉街を歩き回って辿り着いたのは、見覚えのある20世紀の偉人が神様として祀られた神社である。野球好きの人間にはお馴染みの、昔九州に本拠地を構えていた西鉄ライオンズ(現在の西武ライオンズ)でエースだった稲尾和久氏が神様として祀られているのだ。

 

稲尾神社(波止場神社)

住所:大分県別府市元町16−14

 

 

別府温泉街にある稲尾神社に入る

西鉄ライオンズで1956~1969年に在籍していた稲尾和久氏は、最多勝4回/最優秀防御率5回/MVP2回などを獲得し、通算276勝137敗/通算防御率1.98、更に年間最多勝タイ記録となる42勝を記録した日本球界に歴史を刻む大投手である。

 

別府温泉街にある稲尾神社にはホームベースみたい

そしてそんな稲尾和久氏の記録以上にみんなの記憶に残っているのが、読売ジャイアンツと対戦した1958年の日本シリーズである。いきなり巨人相手に3連敗して土壇場に追い詰められた西鉄ライオンズ、そこから稲尾和久氏が4連投してリリーフ登板した第5戦では自らのバットでサヨナラホームランを放った。結局その4連投で4連勝(その4戦中3戦に先発完投勝利)し、その大活躍ぶりに「神様、仏様、稲尾様」という言葉が世間を賑わしたという。

 

別府温泉街にある稲尾神社に入る-1

勿論ボク世代の人間からしたら、まだ生まれてもない昔の事だけど物心付いて日本プロ野球界に興味が出てきて、昔の歴史や選手などを調べたらその中でも群を抜く成績とその存在感があったのを今でも思い出す。そんな稲尾和久氏はこの別府市で、漁師の息子として生まれて育ったのである。

 

別府温泉街にある稲尾神社に入る-2

現代では考えられないが昔の野球界では先発登板する投手はその試合を責任持って、最後まで投げ抜く完投が投手の美学とされていた。その為に稲尾和久氏は通算304試合に先発登板し、その実に半数以上の179試合で完投を成し遂げている。現代野球では投手の肘は消耗品として、先発投手は100球を投げた段階が目安として降板するようになっている。

 

別府温泉街にある稲尾神社に入る-3

しかしこの当時はこの稲尾和久氏が大活躍した1958年日本シリーズを見ても分かるように、全7試合のうち6試合に登板(そのうち4試合完投)したりする時代だった。なお同時代に活躍した権藤博投手も当時の過酷な先発投手の役割を成し遂げた人物で、『権藤、権藤、雨、権藤』という有名な流行語の元になった。

しかし権藤博投手は稲尾氏のように長くは活躍できずに無理した連投の影響で、早々と引退を余儀なくされた。だが権藤博氏はその自分の現役時代を反面教師として、コーチや監督時代には投手の肘を大事にして”中継ぎ投手のローテーション化”を確立し、横浜ベイスターズの監督時代の1998年に実に38年ぶりというチームを日本一に導いたのである。

 

別府温泉街にある稲尾神社内にあった石碑

このように”鉄腕”という代名詞で語られる稲尾氏の業績だが、逆に彼が日本シリーズでの獅子奮迅ですぐに肘が壊れなかったのでその活躍を見た他球団も同じように他の投手達に無理な連投をさせたのかもしれない。ただスポーツ医学の発達した現代でも先発投手の球数制限などメジャーリーグでは特に厳しく管理されているが、肘の靭帯が切れてしまってその腱を移植するトミー・ジョン手術は後を絶たない状況である。

なので今でも投手の投げ過ぎと肘が壊れる方程式は、まだ完成してないのである・・

エロ坊主オジサン
エロ坊主
オジサン

オレらの時代は、何においても根性が優先やったっけ、今の子供は幸せよ!

 

別府温泉街にある稲尾神社内にあった本堂

稲尾神社とも呼ばれるこの神社だが、一応は波止場神社という1870年頃に別府港での安全と発展を祈願して造られたものである。最近になって改装されて、2019年には先程見た稲尾氏のサインが入ったバットとボールの石碑が置かれている。

 

別府温泉街にある稲尾神社内にあった本堂

この稲尾神社と名付けられたのは稲尾氏がこの神社近くで育ち、小さい頃はよくこの境内で遊んでいたからだそうだ。しかし暗くなってきた別府温泉街の景色を神社境内から眺めると、このように怪しい雰囲気を醸し出すパネルなどが光る風俗店ばかり・・・。

 

別府温泉街にある稲尾神社周辺の景色

逆に言えば風俗店街の中心部に造られている神社のようにも思えてしまう稲尾神社である。

ちなみに隣に見える建物に入っているお店の店名は「モーニング娘」となっていた・・

 

別府温泉街にある稲尾神社内にあった舟を漕ぐ絵

稲尾氏は小さい頃から父親の漁業を手伝って舵を漕いでいたので、自然と足腰が鍛えられて特徴的な軸足に長く体重を掛けた投球フォームを投げ続ける事が出来たという。なお日本球界で前人未到の400勝をあげた金田正一氏も「投手に大事なトレーニングは、投げる事よりも走る事!」と言う程に、昔の大投手達は足腰の重要さをコメントに残している。

 

 

別府温泉街にある稲尾神社内で休憩

2019年4月にこのボール型石碑や稲尾氏の経歴が書かれた看板などが設置されたようなので、いい時に訪れたものである。これがちょっと昔に来ていたら、特に感動もない、風俗街の中心部にある単なる神社としか思わなかっただろう。

 

 

別府温泉街、夜の景色

さてまだ夕食は何も口にしていなくて、缶ビールを1本飲んだだけなのでそろそろ流石にお腹が減ってきた。という事で稲尾神社を満喫した後は再び別府温泉街を散策する事に。

 

別府温泉街、夜の景色-1

こちらのぎょうざ専門店「湖月」は残念ながら月曜~木曜日は営業していない。50年以上営業している別府でも老舗のお店で、メニューはなんと焼き餃子とビールのみの2種類しかないという個性的なお店。

エロ坊主オジサン
エロ坊主
オジサン

残念やけ、ここ美味しいから開いてたら入ろうと思ってたのよ!

 

 

別府温泉街、夜の景色-2

そろそろ19時半頃となり、太陽の陽が高い真夏でもさすがに暗くなってきて、この通りに吊るされていた提灯が明るく見えてきた。

 

さてこんな別府温泉街の夜の散策はまだまだ続くのである!

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