島根県旅行記2021年11月-15
旅行期間:2021年11月上旬(2泊3日旅)
新しい橋!
初めて訪れた島根県の松江市で、国宝の松江城天守などを見学したので、これから松江駅に戻って出雲市に向かいます。
松江市にて
そして徒歩でJR松江駅に向かって進んでいると、こちらに何やら見た事のある形のオブジェが置かれている広場が見えてくる。ここはさっきもチラリと見た漫画『はじめ人間ギャートルズ』の作者である園山俊二の出身地という事もあって、この「京店ギャートルズ広場」なる場所が作られていたのである。
漫画『はじめ人間ギャートルズ』はボクより上の世代でヒットした作品であるが、既に50年近くも前の作品だけあって、最近の若者には全く知られていない作品となっている事だろう。
辛うじて『はじめ人間ギャートルズ』をチラッとテレビのワンシーンで見かけた事のあるボク世代だけど、それより下の世代には知名度は殆どなさそうに思える。一応パチンコ台とタイアップした『CRギャートルズ』なる台も、2005年に発売されていたようだが。
【CRギャートルズ】 懐かしの台
『はじめ人間ギャートルズ』の世界観ではお馴染みの”原始人”を思わせる、特大サイズの足跡型のオブジェ。雨が降った時に水が溜まりそうに思えるオブジェだが、よ~~く見てみるとその足跡部分に穴らしきものが見えていて、雨水を排水できるようになっていた。
先日の高知県で見た、今も大人気の『アンパンマン』などであればどの世代でも知っているのだが、『ゲゲゲの鬼太郎』ではなく『はじめ人間ギャートルズ』しかヒット作品が無い松江市という見方になってしまうが。。
その『はじめ人間ギャートルズ』という漫画がどんな作品かを全く知らないオカンであるが、意外と嬉しそうにオブジェに腰かけて記念撮影に答えていた。しかし、このようなオブジェに腰掛ける際にもその人の人柄が出ているように感じるが、オカンはこのように中央ではなく、端っこにチョコンと腰掛ける性格の人間である。
スポットライトが当たらない、端っこで暮らしたい人間やで!
そして先程西洋的な建築物に時計台という建物があった場所辺りを歩いていると、その建物の「松江シティーホテル:別館」前にやって来ていた。この「松江シティーホテル」は1876年にこの場所で開業した宝飾店の「創美堂」が経営するホテルとなっており、明治29年から建物の上に取り付けられていた大型時計式塔時計が今は役目御免となって、1階のショーウインドウ内に展示されていた。
それと共にこちらには、『オバケのQ太郎』でお馴染みの藤子不二雄や、毎日新聞朝刊の4コマ漫画としてもお馴染みの『アサッテ君』の東海林さだお、松江市が生み出した『はじめ人間ギャートルズ』の園山俊二 などの合作の絵も飾られていた。
この「松江シティーホテル」では、何と”全室天然温泉付き”となっていて、約2km離れた「松江しんじ湖温泉」の元湯を取り寄せて部屋で温泉が楽しめるようになっているそうだ。
この松江シティーホテルがある通りは、昔の大名行列などが通ったような格式高く歴史がある”匂い”が感じられる通りになっていたが、道沿いの建物は古そうなものは見当たらず、意外と近代化していた町に思えた。
松江大橋にて
そしてその通りを進んで行くと、こちらの「大橋」が見えてくる。「大橋」というと先程訪れた松江歴史館でも勉強したように、宍道湖と中海を繋ぐ大橋川に江戸時代に唯一架かっていた橋でもあった。
そんな江戸時代に唯一大橋川に架っていた橋という事は、大名行列なども通ったと考えられる橋なので、このように格式の高い人が通る橋に見られる”擬宝珠”が欄干に取り付けられているのも見える。
そろそろ17時頃となってきて、夕陽が沈む時間帯となってきた。しかし、さっきまで晴天だったけど、このように夕方にかけてどんよりとした雲が漂ってきたので、今日は綺麗な夕陽が見えなさそうだ。
江戸時代にはこの大橋川には1本の橋しか架かっていなかったけど、明治時代以降の近代化によって、今では宍道湖周辺には4本の橋が架けられている。ただし、他の橋は大名行列が通った橋ではなく明治時代以降に造られた橋ばかりなので、このような擬宝珠は設置されていないのだろう。
大橋から眺める宍道湖! 動画
宍道湖の夕焼けを眺めるのであれば、奥に見えている「宍道湖大橋」の上からの方がいい景色が見れると思う。だが帰り道にこの「大橋」を敢えて選んだのは、江戸時代に唯一存在していた橋の名残を感じる為であった。
そんな大橋からは、先程前を通った「松江シティーホテル」の建物が見えている。奥側の時計台のある建物は、どうやらスペイン風の建築物をイメージして設計されたようで、宍道湖湖畔で見晴らしのいいホテルともなっているようだ。
そして期待していた程の夕焼け景色ではなかったけど、松江市に来た記念で大橋の擬宝珠と共にオカンの記念撮影を行う。記念撮影をする時にどうしても何かのポーズをしてしまう息子と違って、地味に突っ立るポーズばかりのオカンであった。
記念撮影、昔から嫌いやねん・・・
そして大橋を渡って南側へと進んで行くと、橋の袂付近に”昭和47年7月に起きた豪雨被害”の爪痕が掲示されていた。今から約50年前に起きた豪雨であったが、今でもその時の被害と共に教訓を今日の人々に忘れずにいてもらおうと掲示されていたのかもしれない。
そんな掲示を見つつ進んで行くと、道の脇に今では”松江市のランドマーク”となっている「山陰合同銀行本店ビル」が見えてくる。高さ75mと”松江市で最も高い建造物”でもある「山陰合同銀行本店ビル」では、最上階の展望台が無料で開放されているが、今回の訪問時は残念ながら「土日祝だけ開放」となっており、訪れたのが平日だったので見学できずだった。。
そしてこの道も江戸時代の城下町にあった名残りを残すように、真っ直ぐではなく「鈎型路」となっているのが見て分かる。今となっては真っ直ぐな道に整備された都市が多いだけに、真っ直ぐに通っていない道を見て違和感を感じるのである。
この辺りも大橋川沿いで、大きく栄えていた場所でもある。ただそんな賑わった場所も、物流の近代化によって商流が大きく変化してしまった為に、江戸時代の活気が全く感じられない程に寂しい町となっていたが。。
時代の波には勝てんわ・・・
そんな寂れた商店街ストリートで見られたのは、地元の学生服を扱うお店だった。制服がある学校だと必ずその制服を買う需要があるので、このような学生服屋ぐらいしか生き残れていないのだろう。。
そして帰り道の途中に見つけた建物は「松江鼕伝承館」。ここ松江では太鼓の事を『鼕(どう)』と呼んでおり、江戸時代初期からお祭りに合わせて鼕を鳴らして町中を練り歩いていたという。
JR松江駅から出雲市駅に向かう!
そんな松江の町をブラブラと散策しながら、目的の「JR松江駅」に到着する。この松江市から出雲市まで移動する電車は、宍道湖の南岸を走るJR路線と、宍道湖の北岸を走る一畑電車の路線がある。
「一畑電車」はこの島根ローカルの会社なので島根に来たという記念で乗るのにいい電車であったが、個人的にはハナからJR路線しか頭に無かった為に、今回の旅では一畑電車に乗る機会はなかったのである。
一畑バスには乗ったな!
そして松江市から出雲市に向かう電車は、だいたい1時間に2本ぐらいのペースで運行している。ただ、その内の1本は特急列車が走っている事が多く、勿論特急列車に乗る場合は”特急料金”が別途必要になってくる。
ボクの旅では主に歩きがメインで休みなく移動するので、この電車内でやっと座れて落ち着くオカンの姿が見えている。そして座席に腰かけて休憩しながらスマホを触っているけど、相変わらずスマホゲームの『ポコポコ』で友達にクローバーを送るという、いつも行っているルーティンを旅でも欠かさないオカンであった。。
そしてJR山陰線の電車に約40分揺られて、目的の「出雲市駅」に到着します。出雲市駅のメイン口でもある北口は、意外とスッキリとした感じで、出雲市を代表する出雲大社をイメージしたロータリーとなっていた。
こんな旅はまた次回に続きます!
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