【スリランカ旅行記⑫】かつて王様が住んでいたシギリヤロック頂上の王宮跡

スリランカ旅行記:3日目
クラブツーリズムツアー「お1人様参加限定:スリランカ6日間」-2020年2月6~11日

かつての王様の夢の跡

シギリヤロック頂上から見える、周辺の緑一面の美しい景色

いよいよスリランカでも観光の目玉である、シギリヤロック(Sigiriya Rock)の頂上まで登ってきました。そんな頂上からは高さ約200mの場所で周りにはその眺めを遮る物が何も無いので、周囲がよく見えます。
そしてここからはアヌラーダプラにあった、白い仏塔であるルワンウェリ・サーヤ大塔も天気が良ければ見えるとか。

ただ約70kmは離れた場所なので、流石に見えないと思うけど・・・

 

シギリヤロックにて

シギリヤロック頂上を訪れていた、現地仏教徒の人達

シギリヤロックの頂上には、ご覧の通り仏教のお坊さんや仏教徒の女性が白い衣装で登って来ていました。暑い国に訪れるとなると半袖の服を沢山持って行かないといけないと思ってしまうけど、実際には暑い日差しを防げればそこまで暑くなかったりするので、案外薄い生地の長袖を着ていた方が暑くなかったりする。

 

 

シギリヤロックの頂上

シギリヤロック頂上から見える、周辺の緑一面の美しい景色をバックに記念撮影

さてそんなシギリヤロックの頂上でツアー参加者さん達と記念撮影を行う。しかし今回のツアー参加者さん達には個性の強い方々もいらっしゃったので、あえて集合写真に入らない人も居た。そして写真を撮ってくれた添乗員さんも、全員分のカメラで撮ったのでこの撮影にえらく時間が掛かった。。

そしてボクのスマホでは写真が撮れてなかったし・・・orz

 

シギリヤロック頂上から見える、周辺の緑一面の美しい景色をバックに記念撮影-2

こちらのオジサンは早々に自分のカメラで集合写真を撮っていたので、途中から姿を消していた。そしてその後に改めて自分だけの記念写真を撮っていた。

 

シギリヤロック頂上から見える、周辺の緑一面の美しい景色-2

シギリヤロック周辺に見える湖は人造湖で、水不足に備えて造らせたものだという。人造湖はアヌラーダプラ地方でも沢山見る事が出来て、紀元前の時代から造られていたそうだ。

 

シギリヤロック頂上から見える、周辺の緑一面の美しい景色をバックに記念撮影-3

こんな高い岩山の上に木が生えている光景を見ていると、ジブリ映画『天空の城ラピュタ』で出てくる宙に浮いている城も緑が豊かだったので、思わずその映画のモデル場所のようにも思えてしまう。

 

シギリヤロック頂上から見える、周辺の緑一面の美しい景色をバックに記念撮影-4

こんな場所に使われているレンガとかも、全部地上からここまで運んできた物だろう。そう思うと働かされた人達は大変だっただろうけど、このシギリヤロックの王宮建設に関われた事はあの世に行っても自慢できる事だとは思う。

 

シギリヤロック頂上で寝ていたワンちゃん

こんなシギリヤロックの頂上にもワンちゃんが居た。しかし暑いからか、死んだかの如く横たわっていた。こんなシギリヤロックの頂上でも飼われているのか、それとも地上から毎日ここまで登って来るのか?

 

シギリヤロック頂上にいた大勢の観光客

ドイツで一番有名なノイシュバンシュタイン城も当時のバイエルン王「ルートヴィヒ2世」が、国庫の殆どを豪華な城の建造につぎ込んだ。しかし当時あまり財政状況が良くなかったバイエルン王国内では不満が高まり、さらにルートヴィヒ2世に精神異常と見られる奇行が目立った為に王位を降ろされる事になった。

そんな当時の王様の無茶振りな行動だったけど、その王様の度を越えた趣味の追求は後年になるとバイエルン地方はともかくドイツ国内でも最も人気の城となり、後年に渡って多くの観光客を招き、考えられない位の経済効果を生み出す事になるのである。

 

シギリヤロック頂上でのんびりするワンちゃん

今のスリランカ観光での一番人気なシギリヤロックを生み出したカッサパ1世(KashyapaⅠ)には、スリランカ人としては足を向けて寝る事が出来ないのではなかろうかと思う。そしてこちらには別の犬が居る。さすがに頂上では猿を見かけなかったけど、たまたまだったのか、それとも犬の縄張りだったのか?

ブッダ君
ブッダ君

犬猿の仲という言葉通り、犬が居る所には猿は近寄らないんじゃ!

 

頂上からの景色 動画
シギリヤロックの頂上から周辺を眺めた景色です②

 

シギリヤロック頂上から見える景色

パッとこの写真だけを見せられても、ここが地上から約200mもの高さにある岩山の頂上とは思えないだろう。この景色もカッサパ1世が親を殺さなかったら、多分無かった光景だと思うと何とも皮肉なものである。

 

シギリヤロック頂上を見学する人達

自分は今まで親を殺すなんて想像すらした事が無いけど、それだけ王家の跡取り問題は身内間の争いが激しいのだろう。今の時代だからこそ、こういった親殺しは奇行と言われるけど、戦乱に明け暮れた昔の時代にはよくある事だった。

そう思うと王族に生まれなくて良かったと感謝しなければならない。。

 

シギリヤロック頂上にある元王宮跡と貯水池跡

下に見える四角い水溜りは何と王様のプールだったという。暑い場所だったので、ここで水に浸かって泳いでる時が至福の時間だったのかもしれない。

 

シギリヤロック頂上にある元王宮跡と貯水池跡-2

ここで景色を見ていたら、一段下にいた女の子が三脚を使って自撮りをしようとしていた。”マジシャン会長オジサン”から「彼女の自撮りを手伝ってヤリや!」と言われて、下の段に飛び降りて写真撮影を手伝ってあげた。その子は韓国人の女の子だったけど、今晩キャンディのホテルを出た所でこの韓国人の女の子とすれ違って、向こうもボクを覚えてくれていてニコッとしてくれた。

 

シギリヤロック頂上で嬉しそうに記念撮影をする男

「ハイっ、ここがシギリヤ~~~~~ロック!」という感じのポーズをする男。ちなみにこの写真はその韓国人の女の子が、お礼代わりに撮り返してくれた写真。

 

シギリヤロック頂上で嬉しそうに記念撮影をする男-2

「いや~~~スリランカに来て、本当に良かった~~!」という顔もしていた男。

 

シギリヤロック頂上で嬉しそうに記念撮影をする男-3

スリランカ中の元気を集めて、元気球を作ろうとしているようにも見える男。

やっぱり真っ黄色のTシャツは写真映えするので、是非皆さんも世界的な遺跡に行く場合は着ていく事を強くお勧めします!

 

シギリヤロック頂上で王宮跡などを眺める人達

さてシギリヤロックの頂上に登って、記念撮影も終えたので、そろそろお疲れが出てきていそうなツアー参加者さん。今日はここの見学だけではなく、まだこれからも移動して遺跡を見に行くので、ここではあまり長居が出来ないのである。

 

シギリヤロック頂上で王宮跡などを眺める人達-2

今から約1500年前にこんな岩山の上に宮殿を築こうと思った王様が居なければ、スリランカには多分来る事が無かったハズ。

そう思うと改めてカッサパ1世に感謝である!

 

シギリヤロック頂上で王宮跡などを眺める男の後ろ姿

暑い国では既に定番化した、お気に入りのペルー帽子と真っ黄色のオハバーTシャツ

後は気に入った短パンさえ見つかれば無敵である!

 

シギリヤロック頂上付近の柵に座っていたお猿さん

犬猿の仲じゃないけどワンちゃんが頂上にいるからか、お猿さんは頂上付近の手すりに座っていて、それ以上内側には近づこうともしていなかった。もしかしたら頂上に居たワンちゃんたちは、こんなお猿さん達が頂上で好き勝手に暴れないようにという役目の為に、ここまで連れて来られているのかもしれない。

 

 

シギリヤロックの頂上を去る時が訪れる

シギリヤロック頂上から降りて行く人々

シギリヤロックの頂上で何だかんだで20分以上は滞在して、充分に満喫したのでこれから下山していく事に。

 

カバンを狙うお猿さん 動画

シギリヤロックの頂上から降りる観光客のカバンを狙っているお猿さん・・・

人間のスリとは違って、モロに目線が人間のカバンに行っているのが可愛らしくも思えるお猿さん。。

 

シギリヤロック頂上から降りて行く人々-2

何でも始まりがあれば、終わりは付き物。せっかくスリランカで最も楽しみにしていたシギリヤロックだけど、去らなければならない。

だけどまだ終わった訳ではなく、最後の最後まで楽しみますよ!

 

シギリヤロック頂上から降りて行く時に見える景色

弟が復讐に来るのを恐れて、この岩山の上に要塞を造ったとされているカッサパ1世。しかし最終的にはこの岩山には籠城せずに、地面に降りて南インド地方の援助を得て戦いを挑んできた弟と地上で戦う事になるのである。

 

シギリヤロック頂上から降りて行く時に見える景色-2

この岩山で籠城しても兵糧攻めには弱かったのか、それとも戦いの準備をしてきたカッサパ1世は満を持して地上で弟を迎え撃って、名実ともに国王になりたかったのだろうか?

 

シギリヤロック頂上から降りて行く時にすれ違う人達

下からは頂上を目指す観光客が途切れる事なく、階段を上がってくる姿が見える。スリランカ国内でもダントツの人気スポットなので、列は途切れる事無くドンドンと人がやって来るようだ。

 

シギリヤロック頂上から降りて行く時にすれ違う人達-2

こちらのパパさんは子供を抱えた状態で、シギリヤロックを登っていたのでご苦労様である。ちなみにこのパパさん、帰りにスリランカの空港で見かけたけど、その時は髪の毛が少し生えていた状態だった。この時はツルツルだったので、恐らくシギリヤロック登頂に合わせて頭髪を綺麗に剃っていたのだろう。

 

シギリヤロック頂上から降りて行く人達のカバンを狙うお猿さん

相変わらず、露骨な目線をしているお猿さん。

こういう姿を見てしまうと、全然可愛く見えなくなってしまう・・・

 

シギリヤロック頂上から降りて行く時にすれ違う人達-4

日差しは強いけど日本のような湿気が無いので、日差しさえ防げればそこそこに快適なスリランカ。まあ事前から暑いのが分かってて来ているので、こんな暑さも旅の醍醐味である。

 

シギリヤロックを降りて行く様子 動画
シギリヤロックの頂上から降りて行くと、ライオンの足の入口から続々と登って来る人達とすれ違う!

 

シギリヤロック頂上から戻ってきたライオンの入口で、再び像の足を見つめる

再び「ライオンの入口」まで戻って来て、左足をドアップで眺める。昔の人達の、このような彫刻作品には本当に度肝を抜かされるのである。

 

シギリヤロック頂上から戻ってきたライオンの入口の様子

ご存知の人もいると思うけどスリランカでは、去年2019年4月21日に死者259人が出た「スリランカ連続爆破テロ事件」が発生した。6箇所で自爆テロが行われて、その対象となったのはキリスト教の教会と高級ホテル。

 

 

シギリヤロック頂上から戻ってきたライオンの入口周辺にいたお猿さん達

勿論そのテロの後はスリランカへのツアー旅行が一斉に姿を消した。チュニジアでも2015年に首都チュニスのバルドー博物館で、観光客を含む22名(ちなみに日本人3名含む)が死亡する銃乱射事件が起こった。その為、それ以降はチュニジアでは世界中から観光客が一斉に来なくなり、数年間は観光業の仕事が干上がったという。

ブッダ君
ブッダ君

人間同士の殺し合い程、無常な事はないんじゃ・・・

 

お猿さんものんびりと過ごす 動画
シギリヤロックの眺めがいい場所に陣取る、お猿さん達!

 

シギリヤロック頂上から戻ってきたライオンの入口周辺にいたお猿さん達-2

でもスリランカではテロ発生から1年も経たずに、このようにパックツアーが開催されていた。というのもスリランカに対する外務省の”渡航情報危険レベル”がテロ発生から約2ヶ月後に「レベル1:十分注意してください」に引き下げられたからである。

 

 

シギリヤロック頂上から戻ってきたライオンの入口周辺にいたお猿さん達-3

この危険度引き下げにより、思ったよりも早く渡航が解除されて大手旅行会社のツアーパンフレットにもスリランカの行先が復活したのである。ただそこにはスリランカ自体の治安もそんなに悪くなかった事もあるけど、それと共にスリランカ政府と日本政府は”サンフランシスコ講和条約”の効力が発生した1952年に、最初に国交を回復させた関係も影響していたのかもしれない。

 

シギリヤロックのライオンの入口から下って行く人達

またそれ以外にも日本とスリランカの間には特別な友情がある。それは第二次世界大戦後にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の支配下にあった日本では、その後の日本統治の仕方については日本国政府を介しての方法やアメリカ合衆国・イギリス・ソ連・中華民国などの連合国による”分割統治案”などが候補に挙がった。

この分割統治案では北海道・東北はソ連が、四国は中国が、中国地方や九州はイギリスが、そして東京は4国が連合で統治しそれ以外はアメリカが統治するという内容になっていたという。

 

 

シギリヤロックのライオンの入口から下って行く人達-2

そんな日本列島が分断されるかもしれなかった1951年9月6日に開催されたサンフランシスコ講和会議に、当時はまだ国名がセイロンであった国の代表として参加したのが、のちにスリランカ建国にも尽力した後に第二代スリランカ大統領となった「ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ(Junius Richard Jayewardene)」であった。

 

そしてスリランカは第二次世界大戦時にイギリスの占領下にあったコロンボの港などが日本軍に爆撃されたにも関わらず、彼は日本からの賠償請求を放棄すると宣言した。そしてそれに合わせてジャヤワルダナ氏は、仏教徒らしく仏陀の言葉「怨みをもって怨みは鎮まらず、怨みを捨ててこそ鎮まる」(法句経)を流用し、

『憎しみは憎しみによって止むことはなく、慈愛によって止む』

と発言し、日本国としての独立を世界中に訴えたという。ちなみにこの話は日本人にはあまり知られていないけど、スリランカ人にはよく知られた話だという。

 

スリランカの偉大な元第二代大統領であるジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ(Junius Richard Jayewardene)

第2代スリランカ大統領のジャヤワルダナ氏

そんなジャヤワルダナ氏の発言を受けて会場は拍手喝采が起こったそうだ。というのもアジア諸国はその殆どがヨーロッパなどの国に植民地支配されてきて、その植民地支配脱却の機会を与えてくれたのが日本だったからである。日本軍はアジア諸国でそれぞれに作られた独立軍の援助を行っていたのであった。

 

シギリヤロックで下って行く途中に見えた景色

このジャヤワルダナという姓は”勝利をもたらす”という意味もあり、1985年にコロンボから遷都された現在スリランカの首都である「スリ・ジャヤワルダナ・プラ・コッテ(Sri Jayawardene pura Kotte)」という名前にも込められているのである。

 

スリランカの偉大な元第二代大統領であるジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ(Junius Richard Jayewardene)

スリランカで発行された、ジャヤワルダナ氏の記念切手

15~16世紀にコッテ王国の首都だった都市で、元々は「ジャヤワルダナ」と呼ばれていた事もあり、そして遷都された時の大統領が同じ名前のジャヤワルダナ氏だった為にこの名前になったんだとか。ちなみに意味としては「スリ(聖なる)・ジャヤワルダナ(勝利をもたらす)・プラ(街)・コッテ(コッテ王国時代の首都)」となっているそうだ。

長~~い首都名だけど、このように意味が分かればそれで覚えられるかもね?!

 

シギリヤロックで下って行く途中に見えた景色-2

話はシギリヤロックに戻るけど、奥の斜面の上にある大岩は敵が攻めてきた時にこの大岩を落として撃退する為の物。大岩の下にある支えの石を倒せば、ズルズル~~と滑っていって落ちる仕組みになっているらしいが、それが約1500年間もそのまま残っているのである。。

 

シギリヤロックで下って行く途中に見えた、シギリヤレディーが描かれている岩肌

こちらはシギリヤレディーの間を抜けた先にある「ミラーウォール」を外側から見た光景。こうやって反対側から見てみると結構背が高かった壁で、この辺りの壁一面にシギリヤレディーの楽園が存在していたと考えられているのである。

 

シギリヤロックで下って行く

スリランカには実は福沢諭吉や夏目漱石や森鴎外、そして岩倉使節団(大久保利通、伊藤博文など)がヨーロッパへと行き来する途中に経由地として立ち寄った事があるのだ。当時は勿論今みたいに飛行機ではなく、海路でヨーロッパへと渡っていたので、必然的に途中の経由地としてセイロン島に立ち寄る必要があった為である。

 

シギリヤロックで下って行く途中に見えた、シギリヤレディーが描かれている岩肌-2

明治33年にヨーロッパへ向かった夏目漱石は、スリランカに滞在した時の事をこう記している。

 

「六時半旅館二帰リテ晩餐二名物ノライスカレヲ喫シテ帰船ス」
by  夏目漱石

その夏目漱石が泊まったブリティッシュ・インディア・ホテルは、今でも現存するという。

夏目漱石が食べた”ライスカレ”の味が、どんな感じだったかは謎のまま・・・

 

ちなみに初めて最初にカレーライスを食べたとされている日本人は、1871年にアメリカへ留学した山川健次郎とされている。彼はイェール大学で物理学の学位を取得し、日本に帰った後は日本人初めての物理学教授となった。

 

そんな山川健次郎はアメリカに向かう途中の船の中でカレーライスを食べたとされているが、実は米を食べたかっただけでルーとして掛かっていたカレーは全て残してライスだけを食べたという。。

 

シギリヤロックで下って行く途中に見えた、これから登る人達の長い列

さてシギリヤロックを下岩して帰路に着いて歩いていると、先程我々が入口から進んだ登山道に多くの人達が並んでいる光景が見えた。

 

シギリヤロックに登ろうとする人達の行列 動画
シギリヤロックの頂上に登ろうとする人達で、入口には長~~い行列が出来ています!

 

シギリヤロックで下って行く途中に見えた、これから登る人達の長い列-2

登山道で並んでいた長蛇の列で大半が白かったのは、地元の女子小中学生と見られる女の子の団体であった。この辺りでは社会見学の一環として、シギリヤロックに登るようだ。朝早くに出発してシギリヤロックに登る理由は暑さを避けるのもあるけど、こういったような大混雑を避ける為でもある。

もしこのような大人数の団体の後ろに並んでしまうと、午後からの予定が台無しになってしまうのである・・・

 

シギリヤロックで下って行く途中に見えた、これから登る若い学生達の長い列

でも彼女たちはあどけない感じで楽しそうに列に並んでいた。

そしてボク達の声援にも笑顔で手を振ってくれて、とても可愛らしかった!

 

シギリヤロックに登ろうとする人達 動画
シギリヤロックを登ろうと順番待ちする現地の女子高生たちの姿です!

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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