秋田市を代表する明治時代に造られた赤レンガ建物だった銀行跡「赤れんが郷土館」【東北旅行記58】

東北旅行記2020年冬-58:秋田編

旅行期間:2020年12月1日~8日(7泊8日)
(Akarenga Homeland Museum, the former site of a bank that was a red brick building built in the Meiji Era, representing Akita City. [Tohoku Travelogue 58])

シックな銀行の内装!

ここは秋田市内にある、明治45年に造られて旧秋田銀行:本店として使われていた、歴史ある赤レンガの建物。銀行としての役目を終えた赤レンガ建造物は、その後に秋田市に寄付されて、今では「秋田市立:赤れんが郷土館」として銀行跡の歴史や秋田らしさの資料などを展示している建物となっている。

 

【秋田市立:赤れんが郷土館】

住所:秋田市大町3-3-21
営業時間:9時30分~16時30分頃(※年末年始休み)
電話番号:018-864-6851
入館料:大人210円/高校生以下無料

 

 

 

「秋田市立:赤れんが郷土館」の見学!

この建物は明治45年に造られてから約100年以上が経過する歴史ある建物だけど、内観を見ているとその古さは全然感じさせない雰囲気となっていた。資料館として一般公開される際に多少は内装も手入れされたかもしれないけど、銀行として使われていた時に綺麗に運用されていた様子が垣間見られるようにも感じた。

 

こちらの部屋にも大理石で造られた暖炉が、部屋の片隅に見られる。日本家屋では火鉢が普通に使われていたけど、さすがにこのような西洋風建築物には火鉢は似合わない。だからこのような暖炉が置かれているだけで、インテリアとして室内のムード向上にも役立った事だろう。

ハゲる前君
ハゲる前君

オレは断然、火鉢の方がいいゾ~!

 

このような明治時代に造られた赤レンガの建物内にはそれなりに入った事があるけど、元々銀行向けとして耐震構造や防音などを最優先に設計された建物だけあって、館内は重厚感が漂っていた。ただ単に他に見学客が居なくて静かだった事も作用しているかもしれないけど、このような落ち着いた雰囲気は居心地の良さを与えてくれた。

 

この建物は今では「赤れんが郷土館」ともなっているので、このように秋田らしい民芸品なども展示されている。江戸時代以降からの焼物文化の中で『秋田焼』というのは聞いた事が無いけど、どうも漆職人は江戸時代には存在したけど、その漆を使って芸術品へと仕上げる位の腕前を持った職人は居なかったそうだ。

 

こちらには「天神」様などの可愛らしい像が並べられている。目立った漆塗り職人は居なくても、それなりにこのような加工品が作られていたのかもしれない。しかし、この左側の天神様のように、胡坐を組んで両足の裏をくっ付けるという座り方も、何だか可愛らしく見えてしまう。。

 

正直言うとこの秋田県の文化については全く無知な状態だったので、これらの資料館などで目にする事全てが勉強となった。こちらは秋田で行われてきた「金細工」などが紹介されており、江戸時代から秋田を治めた久保田藩の領地内で金や銀などの鉱山が盛んだった事もあって、久保田藩内でもその金銀の細工が奨励されていたようだ。

 

こちらの左側には、『銀製波紋蜻蛉紋様花瓶』という作品が展示されている。一瞬金で出来ている花瓶のようにも見えるけど、作品名に「銀製」とあるように銀で造られた豪勢な花瓶のようだ。

 

金や銀などの鉱山が沢山領地内に存在していた事もあって、秋田ではこのような金銀細工の技術が発展していった。その中には国内だけの技術ではなく、出島経由のオランダから流入してきた”平戸細工”と呼ばれる極細の銀線を寄り合わせて精巧な透かし模様の技法なども導入されたようだ。

 

 

秋田でこのような金銀細工が発展していったのは、この秋田の地に移封されてきた佐竹家が常陸地方から連れてきた金銀細工師が起源ともされている。地球上に生きる生物からすると、恵を与えてくれる太陽のように、反射してでも光るように見える物体であった金や銀などを有難るのは、今も昔も同じようだ。

 

 

次のコーナーは『有田焼』ではなく『秋田焼』で、聞いた事が無いなと思っていたら明治時代中頃に始められた焼き物だけに、そこまで全国的にメジャーな焼き物ではないようだ。

 

この『秋田焼』の特徴は、この見た目にもユーモラスな達磨の顔が茶碗などに表現されている所である。またこの焼き物は釉薬と呼ばれる染料などが全く塗られていない土色の素焼き物で、茶葉の中に含まれるタンニンという成分と、焼き物の茶碗などに含まれる鉄分が反応して、お茶を入れると器が黒く変色するという。。

 

 

それ以外にも急須にお湯を入れると、亀さんが顔を出す仕掛けが施されていたりで、アイデア満載の商品となっている『秋田焼』。見た目には豪華な色彩などが施されていない地味な焼き物だけど、使いこめば使う程に愛着が湧きそうな商品となっているようだ。

 

この建物は銀行として使われていた為に、館内にはこのように重厚な造りの金庫跡も見学できるように開放されている。銀行業をしている人であれば、このような金庫内への出入りは不思議ではないかもしれないけど、銀行に縁遠い生活をしている一般人からすれば金庫内へ入るという行為だけで、何だか抵抗というか、万が一中に閉じ込められた際の事を想像してしまう。。

 

映画の中で出て来る銀行強盗もあっという間に分厚い重厚な金庫を容易く開けてしまうシーンがあるけど、実際にはそう簡単に金庫って破れる物なのかな。ある映画の中では金庫の扉に穴を空けて、そこから水を注入して金庫内を水に満たしてから内部で爆発させれば、その内部の水圧によって簡単に扉がブチ破れたシーンを思い出すのである。

 

ちなみにその『スコア』という映画に出ていたエドワード・ノートンという俳優さんは、昔日本にホームステイしていた際にボクが当時住んでいた団地の隣の家に宿泊していたそうです。

 

こちらは上の階に上がる階段で、白い階段の中央に赤いベルベットが敷かれていて、見た目にも綺麗な光景となっていた。洋風建築物の建物ではよく見かける豪華な装飾だけど、この階段を使うのに少し恐縮してしまいそうになった。。

 

明治時代の終わりに大きな2階建の西洋風建築物が街中に造られた事もあって、秋田市内では相当に目立っていた建物だった事だろう。特に秋田市内でもメインストリートとなっていた「大町通り」に面していた事もあって、秋田市内に来たら自然に目に入る建物だったハズである。

 

上の階にはこの秋田市出身の金銀細工として”人間国宝”にも選ばれた「関谷四郎」の作品が、陳列された展示室も用意されている。昔の時代は何でもかんでも手で物を作っていたので、このような職人芸が盛んだったけど、これからはロボットが人間の代わりに働いてくれる時代が到来するので、このような人間国宝という称号は消え去っていくのかもしれない。

 

そんなこれから激動の時代を迎える21世紀へ、ベルベットの上で思いを馳せる男。この深紅のベルベットに似合いそうな色の服装をしていたけど、ちょっと威圧感を醸し出していたからか、旅行中に誰かに話しかけられる事も殆ど無かったような・・・。

エロ坊主オジサン
エロ坊主
オジサン

ただでさえ、変態の空気を出してる男やけ、そら当然や!(笑)

 

 

銀行跡の建物2階部分にて

そんな重厚な雰囲気の階段を慎重に登っていくと、このように床がツルツルと光って、手入れが行き届いた景色が見えてくる。今どきこれだけ光沢感のある床もあまり見られないだけに、逆に滑ってしまわないかの心配をしてしまう程である。

 

2階にはその人間国宝だった関谷四郎氏の記念室が設けられており、その入口前には彫金家:田中勇氏がイルカのイメージでデザインして、関谷四郎が製作したオブジェが置かれていた。このオブジェは関谷四郎の生前に、彼の自宅玄関前に置かれていた物だという。

 

ここ秋田が生んだ人間国宝でもあった彫金家:関谷四郎(1907~1994年)の記念室があったけど、残念ながら記念室内の写真撮影は禁止となっていた。細かい金銀細工の施された作品が展示されていたと思うけど、このように写真に撮れなかったら、後から見返して思い返す事も出来ないのである・・・。

 

こちらは2階部分から銀行内部を見た景色で、とてもスッキリしたデザインで、かつ派手過ぎずに、かといって品格が損なわれている景色でもないように設計されているのが分かる。一言で表現するなら”落ち着き”を与えてくれる建物のように感じた。

 

こちらは2階に造られていた「貴賓室」で、派手過ぎない銀行内部の装飾とは打って変わって、ここだけはVIPが立ち入れる場所だっただけに、少々豪華な内装になっている部屋だった。

 

貴賓室内に設置されていた暖炉は、埼玉県産の「蛇紋岩(じゃもんがん)の材質が用いられている。この岩の名前通りに、蛇の革模様みたいな柄が自然に入っている岩で、普通の大理石では表現できない雰囲気を醸し出していた暖炉だった。

 

ドアの両脇には、こちらの手書きされたギリシャ風月桂冠をイメージした模様が描かれている。なおこちらの絵は補修工事が行われた際に、渋柿を発酵させて作った塗料を使った、ヴィンテージ風の仕上がりとなる”柿渋塗り”が施されているようだ。

 

こちらは旧秋田銀行で行章として使われていたデザインで、「秋田」という文字が表現されている。個人的には「秋田」という文字ではなく、「畑」という文字に見えるような・・・?!

ハゲる前君
ハゲる前君

秋田銀行改め、「畑銀行」創設だゾ~!

 

貴賓室内にはこのような衝立や豪華な柄の装飾が施されている椅子などが見えるが、勿論使用禁止となっている。万が一座った際に生地が破れてしまっても困るので、座ってもOKだとしても座らないに越したことはないが。

 

このように壁に至るまで細かい装飾が施されていて、如何に派手さを抑えた銀行として造らせた建物でも、貴賓室だけは例外だったようだ。やっぱり大事なVIPを迎えるには地味な部屋よりも、このような荘厳な雰囲気で出迎える必要性があったのだろう。

 

今ではこのようなシャンデリアも全て電灯になってしまっているけど、昔はロウソクで灯りが付けられていた。だから中世ヨーロッパでは、シャンデリアのロウソクを作る職人から、そのロウソクを取り換えて管理する職人まで、宮廷では色んな使用人を沢山抱えていたようだ。

 

こちらは企画展示『花のある風景』というのを行っていたが、さっきの人間国宝の部屋とは違って、ここは写真撮影がOKとなっていた。しかし、個人的にはさっきの芸術品の域まで達した金銀細工の写真を撮りたかっただけに、ここではあまり写真を撮る気にはなれなかった。

 

ここの企画展示では、このように味わいのある木版多色刷り作品などが展示されていて見所あったけど、既に色々と見学してきているので正直あまり見たい気が起こらなかった・・・。

 

こちらは別館の3階部分に設置されていた、「勝平得之(かつひらとくし)という、ここ秋田で明治時代に生まれた版画家の記念館もあった。ただここも写真撮影が禁止だったので、チョロっと部屋内の作品を見て次に向かうのであった。。

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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