日本国内で五重塔として最北の重要文化財となっている塔が目立つ最勝院【東北旅行記㉒】

東北旅行記2020年冬-㉒:青森編

 旅行期間:2020年12月1日~8日(7泊8日)
(Saishoin Temple stands out for its five-story pagoda, the northernmost nationally important cultural property in Japan. [Tohoku Travelogue 22])

最北の五重塔!

ここ青森県は本州で最北端に位置する県なので、その場所には本州で最も北に位置する自治体や、歴史的な建造物などが見られる場所でもある。ただ寒いだけの場所ではなくて、色んな見る物が意外とあった弘前市である。

 

 

弘前昇天教会にて

ホテルに寄って荷物を先に預けた後は、江戸時代からの現存天守が残るという弘前城を目指して、適当に弘前の街を散策していく。すると途中にこのような歴史ありそうな建物が見えてきたと思ったら、ここは「弘前昇天教会」という大正9年(1920年)に造られたイギリス積みの煉瓦造りの建物だった。

 

 

この弘前昇天教会はプロテスタント系の教会だけど、その宗派よりも歴史ありそうな建物の外観の迫力の方が勝って見えている。米国聖公会から日本に派遣されて立教大学の学長などを務めた「ジェームズ・ガーディナー(James M Gardiner)」が設計した建物で、ガーディナーは米国聖公会系の建物などを数多く設計した人物でもある。

 

そんな弘前昇天教会の近くを歩いていると、あまり目立たない外観だったので見逃してしまいそうな駅も見つけてしまった。こちらは「弘南鉄道:大鰐(おおわに)線」という、ここ弘前から南東の大鰐までを結ぶ鉄道の駅で、14駅を結ぶ単線の路線を持っている。ただ利用客自体は年々減少しており、毎年赤字を計上しながらの運行を続けている。

 

 

そして12月の東北という寒い場所では発見するのが難しく思えていた猫ちゃんを住宅街で発見したものの、こちらを強く警戒していた為にスルーする事に。このような雪が積もる程に寒い場所だと、猫ちゃんも活動しにくいように感じたのである。

 

「弘前れんが倉庫美術館」にて

その弘南鉄道:弘前中央駅周辺の公園になっているような場所で、こちらの赤レンガ倉庫を発見した。ここは明治時代に造られた酒造工場の建物だった物で、今では綺麗に改装されて「弘前れんが倉庫美術館」となっている。

 

【弘前れんが倉庫美術館】

住所:青森県弘前市吉野町2-1
営業時間:9時~17時頃(※定休日:火曜日)
電話番号:0172-32-8950

 

 

ここには3棟の赤レンガ倉庫が並んでいるが、かつては青森の特産品であるリンゴなどが栽培されている場所だった。その場所に弘前市茂森町の醸造家:福島藤助という人物が福島酒造会社の醸造所を造り、その酒造会社は戦後に吉井酒造に事業を引き継ぎ、長らく酒造会社の倉庫として使われていたようだ。

 

日本国内で初めてシードルという”リンゴの発泡酒”が量産された「吉野町煉瓦倉庫」は吉井酒造の醸造所として使われ、吉井酒造がニッカウヰスキーに吸収され拠点を栄町に移した後は、政府米の備蓄倉庫として1978年~1997年まで使われた。そしてその後は弘前市の歴史的な吉野町煉瓦倉庫の活用を推進するグループの働きにより、2020年4月に「弘前れんが倉庫美術館」として生まれ変わっている。

青森ンゴ
青森ンゴ

美味しいリンゴで作られたシードルも飲んでいってネ!

 

こちらは先程駅を見た弘南鉄道:大鰐線の線路だが、この路線はすべてこのように単線となっている。都会では単線の路線はあまり見られないけど、地方に行くと利用客が少ない事もあって、このような単線の路線をよく見かける機会がある。

 

 

最北の五重塔がそびえる最勝院!

そしてフラフラと歩いて行くと、こちらの「最勝院(さいしょういん)という大きな五重塔が目立つお寺が見えてくる。こちらの寺院は弘法大師を宗祖とする”真言宗智山派”に所属しており、1500年代前半に創建された歴史を持つ寺。

 

【最勝院】

住所:青森県弘前市銅屋町63
電話番号:017-234-1123

 

 

弘前市でもこの周辺には寺院が多く造られているエリアで、40を超える寺院が立ち並んでいる。そんな数多くの寺院が立ち並ぶエリアの中でも、大きな五重塔がひと際存在感を放っている。

 

江戸時代初期に弘前城が弘前藩第2代藩主:津軽信枚によって築城された時に、その弘前城の鬼門に当たる場所に移築された最勝院。そしてその周辺に11もの塔頭寺院を抱えて弘前藩お抱えの寺となって江戸時代を過ごしたが、明治時代の神仏分離によってその11もの寺は廃寺となり、この最勝院だけが生き残った。

 

この最勝院が存在感を放つのは、1667年に完成したという31.2mの高さを誇る五重塔があるからかもしれない。こちらは”五重塔としては日本最北の重要文化財(国)”にもなっており、弘前藩第3~4代藩主の時代に10年以上の歳月を経て建造された歴史的な建造物でもある。

 

そして最勝院の入口で出迎えてくれていたのは狛犬ではなくて、こちらの狛兎だった。狛犬に比べるとあまり迫力がないように見えてしまうウサギの像だけど、ウサギの像が置かれているというのにもそれなりに理由があるハズである。

 

こちらの左側に設置されていたウサギの像は、後ろ足で立って天を見つめている状態になっていた。という事はお月様に向かって何やら交信をしているかのようにも見えるので、昔から人々は月と交信できる能力がウサギにあったと思っていたのかもしれない。

 

こちらの最勝院は建造後約300年が経過する歴史的な五重塔があるにも関わらず、拝観料は無料となっている寺。ただ境内が有料だったらまず入ろうという気持ちにもならないので、無料に越した事はない。ただしこのような歴史ある寺では、境内の建造物などの補修費用が嵩み、この門の中に設置されている金剛力士像の修繕費用寄進をお願いする看板なども見かける。

青森ンゴ
青森ンゴ

歴史ある寺も檀家さんが減って、運営が大変みたいネ!

 

このような歴史ある寺院が長らく存続してきた背景には、その土地の有力者に守られてきた事も大きく影響している。なので全国に現存する昔からの寺院の裏には、必ず有力者の影が垣間見る事が出来る。この最勝院はこの青森の地を支配していた弘前藩主がパトロン(支援者)だった寺である。

 

門をくぐって境内に進んで行く道の脇には、このような像が沢山並んで設置されているのが見える。ただ、よ~~く見るとお鼻部分が白くなっているのが見えて、何か意図があってこのような状態になっているかのようにも見えたが。。

 

奈良や京都ではこのような五重塔をよく見かける機会があるのであまり珍しくはないけど、このような北の大地では五重塔は意外と珍しいのだろう。特に青森など東北では冬に豪雪が積もる場所でもあるので、雪の重みにも耐える頑丈な造りが求められた事だろう。

 

 

この五重塔は弘前藩(津軽藩とも)の初代藩主となった津軽為信が、津軽の地を統一する際に戦死していった人々の供養の為に建立させたとの言い伝えがあるようだ。この津軽為信は豊臣秀吉の小田原攻めに兵を出して協力し、関ヶ原の合戦では徳川家康側について、長き物に巻かれるように戦乱の時代を生き残った。

 

この五重塔は1991年の台風で大きな被害を受けてしまった為に、建立から約330年経った1992年から約3年の歳月を経て全面解体しての修復工事が行われた。その全面解体の際に五重塔内部から「寛文4年(1664年)」と文字が入った木材が発見されて、その年に建造が開始されたと推測されているそうだ。

 

 

江戸時代に造られた五重塔! 動画

 

 

こちらは最勝院の本堂で1970年に新たに建立された建物で、地元青森県の宮大工が製作したそうだ。そしてここ青森は冬の大地でもあるので、この本堂の正面付近には雪国でよく見かける囲いがしてあるのが見て取れる。

 

こちらにはまだ比較的新しいように見える「輪廻塔」も設置されており、『南無阿弥陀仏』の文字が刻まれた石車を回す事によって徳を積む事が出来るという物。今までは寺に訪れる人が気軽に回していた輪廻塔だけど、新型コロナウイルスの感染の可能性がある時代には、触るのを遠慮しなければならない物になってきているかのように感じた。

 

こちらの手水場にはこのように龍や蓮の葉などが置かれていたけど、水が凍る寒い時期だったのもあってか、水が流れ出ている光景は見られなかった。普段は水が凍らない場所で生活しているだけに、水が凍るという現実を知らない人間から見ると水が出てないようにしか見えないが、この寒い地域に暮らす人からすれば、単に「水を止めている」というのが分かるのだろうが。。

 

弘法大師が祖師となっている真言宗智山派の寺だけあって、本堂脇にはこちらの弘法大師の像なども見られる。しかし本来の仏教は偶像崇拝が禁止となっているのだが、人間という生き物は見えない物よりも見える物を信じたがる特性があるので、信仰心を求める為にはこのような銅像を設置したくなるのかもしれない。

 

こちらの建物は『如意輪観世音菩薩堂』とも呼ばれる六角堂という名前が付けられており、1864年に建立された建物となっている。堂内には本尊である”如意輪観世音菩薩”の像が祀られているようだが、扉が固く閉められていたのでその像は拝めずだったが・・・。

 

江戸時代でも前半に建てられて現存する木造建築物も、その殆どが火災などで焼失してしまっているだけに、この最勝院の五重塔は際立って存在感を放っているようにも見える。そして雪深い地域でもあるだけに、他の雪が降らない場所よりも余計に耐久力が要求される建造物として設計されているのだろう。

 

冬の東北に来たのは今回が初めてだったので、寺などで見かける松などがこのようにロープで張られている光景を目にしても、これが何の為に行われているのか初めは判らなかった。しかし、東北を巡って色んな場所でもこのようにロープで張られている光景を目にしていくうちに、これが降雪対策として木に積もった雪で枝が折れないようにしているのに気付くのであった。

 

青森ンゴ
青森ンゴ

雪深い地域は冬の時期は大変なんだヨ!

 

境内にあった小さな庭木にはそんな『雪吊り』と呼ばれるロープが張られていたが、さすがにこの五重塔にはそんなロープなどは見られない。この雪深いエリアで江戸時代前半から約300年以上ここに立ち続けている五重塔には、雪が降ろうともビクともしない建造方法で建てられている事だろう。

 

そんな歴史的な五重塔と共に、雪国ならではの雪への対策方法に目が行ってしまった最勝院の見学であった。特に今回の東北旅では冬の雪国を見たいという希望があった為に、そういった毎年恒例の雪に対する雪国らしさを感じ取る旅でもあったのだった。

ネプちゃん
ネプちゃん

雪の中で生きる東北人ならではの工夫が沢山あるだべ!

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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