米沢城で上杉家の雰囲気に浸りつつ、米沢牛コロッケを味わう!【東北旅行記89】

東北旅行記2020年冬-89:山形編

旅行期間:2020年12月1日~8日(7泊8日)
(Soak up the atmosphere of the Uesugi family at Yonezawa Castle and taste Yonezawa beef croquettes! [Tohoku Travelogue 89])

コロッケは美味しい!

今回の東北旅で楽しみにしていた、米沢藩上杉家が居城としていた米沢城跡にやって来ています。あの上杉謙信を祖と考えている米沢上杉家では、謙信公を神様として祀っている神社が今では本丸跡に造られている。

 

 

 

米沢城跡にて

こちらは登録有形文化財にも指定されている、上杉神社の宝物庫「稽照殿(けいしょうでん)という建物。中には歴代の上杉家藩主などの遺品などが収められており、ここを見学したかったのであるが、冬場は閉館となっているので残念ながら見学できなかったが。

 

本丸跡の南東部分は高台がちょっとした広場となっていて、そこに大きな石碑が見えていたので、とりあえず近寄って行って何の石碑かを見てみる事にした。

 

この石碑は「招魂碑(しょうこんひ)という、高さ3.4mもある戊辰戦争西南戦争での戦死者を弔う為に建立された物だった。米沢藩は東北で周辺に多かった奥羽越列藩同盟に加盟し、旧幕府軍側に付いて新政府軍と戦った。しかし最終的には戊辰戦争で敗北したが、新政府軍の大将だった西郷隆盛が処罰を寛大にした為に、東北地方で西郷隆盛に感謝した人間が多かった。それもあって西南戦争ではその時の恩を返そうとして、西郷隆盛軍に加わった人も多かったようだ。

 

そしてその招魂碑の脇には、こちらの柵で囲まれた一画があった。ここは「上杉謙信:信祠堂跡」という、かつて謙信の遺骸が入った甕が詰められて、その上にお堂が造られていた場所のようだ。謙信の遺骸は甲冑を着せられ甕に入れられ、その甕の中に漆を入れて固められた後に、春日城内に埋められた。

 

その謙信の遺骸が入った甕は会津・米沢と上杉家の本拠が変わる度に移転していって、ここ米沢では米沢城本丸のこの場所に安置されていた。そして上杉景勝は謙信の事を神様のように祀っていて、毎日欠かさず祈りを捧げて、また周囲には謙信公に祈りを捧げる寺を設けた。なお、今では謙信公の遺骸は近くにある「上杉家廟所」に移されている。

 

 

このように地方を訪れると、その地域の特色に合わせた自動販売機のデザインが見られる事が多い。こちらのデザインには謙信が好んで旗に入れていた「龍」「毘」の文字が入っていた。しかし、自販機内に入っている商品のドリンク自体はどこでも普通に見られる物ばかりだったので、せっかくなら陳列されている商品も米沢らしい物になっていて欲しかったなと思うが。

 

こちらは漫画『花の慶次』でも有名な戦国時代の武将で風流人でもあった「前田慶次」をモデルに、米沢市がマスコットキャラクターにした「けーじろー」。ここ米沢市では既に直江兼続をモデルにした「かねたん」というキャラクターが存在しているのだが、前田慶次は前田家を出奔した後に米沢藩に仕え、また晩年をこの近くで過ごしていた事もあって、新しいキャラクターを作ったようだ。

 

 

この前田慶次は約20年前の漫画『花の慶次』のヒットだけではなく、近年にパチンコ台と漫画『花の慶次』がタイアップして大人気となった為に、その晩年を過ごした地とされている米沢市では、新しい観光資源として売り込んでいる様子がある。そしてボクはその作戦にまんまとハマって、ここ米沢の地に来たのであるが。。

直江クン
直江クン

米沢は良い所だから、是非来てね!

 

 

米沢城跡の景色! 動画

 

 

 

米沢城のお土産物屋にて

米沢藩や上杉家の歴史などが勉強できる博物館は今日は休みだったけど、こちらの観光客向けのお土産店は開いているので、ちょっと寄り道してみる事にした。

 

【上杉城史苑】

住所:山形県米沢市丸の内1-1-22
営業時間:10時~17時頃(※物産販売フロア)
電話番号:0238-23-0700

 

 

この観光客向けの総合お土産店のような建物に入ると、「義」や「愛」など直江兼続を象徴する文字が展示されていたので、どちらかというと大河ドラマの影響を受けて直江兼続推しの館内に感じた。

直江クン
直江クン

拙者は主人公ではなく、上杉家を支えた1人の人間なんだけどね・・・

 

まずは上杉鷹山や、ここ米沢の地で生まれた伊達政宗などの名言が書かれた手拭いなどが販売されているのが見えてくる。こういった名言の類はどれも素晴らしい内容だが、こういった物を買い出せばキリがないだけに、欲しくなる気持ちをこらえるとする。。

 

漫画やパチンコ台で大ヒットした『花の慶次』だが、その中で出てくる「傾奇者(かぶきもの)「大ふへん者」という台詞が入った手拭いもある。個人的には大の『花の慶次』好きなので、こちらの方が欲しくなるけど、これも欲しくなる気持ちを堪える。。

 

上杉家や前田慶次に吊られて訪れた観光客に沢山のお土産を買わそうという魂胆が見えてくるかのような、欲しくなる商品が沢山陳列していた店内。人間ってのは面白い生き物で、それなりに稼ぎがあってお金が常に入っている状態であればついつい出費ガチになるけど、逆にお金が入って来ない状態になると節約してしまう。

買わないのか、買えないのか・・・

直江クン
直江クン

拙者のアイテムは是非買ってね!

 

米沢のマスコットキャラクターは直江兼続の「かねたん」と、前田慶次の「けーじろー」だけかと思っていたら、それ以外にも上杉景勝の「かげっちさま」と、直江兼続の正室:お船の「おせんちゃん」なるキャラクターまであった。

直江クン
直江クン

「おせんちゃん」、可愛いね!

 

こちらの日本酒も直江兼続とタイアップした商品となっている。ただ”直江兼続味”という訳ではなく、ただ普通に日本酒なんだろうが。このようにパッケージデザイン1つ違うだけで、その中身の商品よりも、印象が大きく変わってしまうのがデザインの面白い所。

 

米沢牛コロッケ!

結局初志貫徹を貫き、店内に陳列されたお土産の、数々の誘惑を振り払って何も買わずにお店を出た。しかし、外にはこのような「米沢牛コロッケ」を販売している出店があって、心に魔が差したように惹き付けられてしまった。。

 

ここ数年のインバウンド観光効果により、金持ちの中国人などが大挙して訪れた事もあり、大阪の黒門市場とかでも神戸牛の串焼きを1本3000円とかで販売しているお店があったけど、ここ米沢でも1串1200円の米沢牛や600円の国産牛の串焼きが販売されている。

 

別に米沢牛を食べたいとは思わないけど、コロッケとなると話は別だ。日本人にコロッケが嫌いな人間が居ないと思えるほどに国民食になっているコロッケなので、「コロッケを食べても荷物にならんから、いいかな?!」と思ってしまった。。

 

米沢牛コロッケ

そうして思わず210円の「米沢牛コロッケ」を購入してしまう。普通にコロッケを食べたいのであれば、その辺の商店が買えば100円ちょいで買えるのだが、ちょっと贅沢して買ってしまった。

 

米沢牛コロッケを食べる

ただご当地牛を使っていると謳っているコロッケやハンバーグなども、実際にそのご当地牛の肉が入っているからと言って、食べてみた所でその違いを感じれる程に舌が肥えていない。大概の場合は、”ご当地牛の肉が含まれる”だけで100%使用している訳ではないのだが、気持ち的に”米沢牛を味わった気分”になれるだけでいいのだろうが。

 

今日は朝ホテルを出てから、山寺の近くで「力コンニャク」(1本100円)と、ここで「米沢牛コロッケ」(1個210円)を昼食代わりに食べた。

オカン
オカン

相変わらず、ケチケチな食事する奴やな!(笑)

 

 

「上杉伯爵邸」の見学!

そして「米沢牛コロッケ」を食べて少し満足した余韻に浸って城周辺を歩いていると、こちらの大きな日本家屋の門構えが見えてきた。こちらは「上杉伯爵邸」という米沢城二の丸跡に建てられた、米沢藩13代藩主で最後の藩主でもあった「上杉 茂憲(もちのり)の邸宅だった場所。

 

 

この邸宅は元々は上杉家の物だったが、第二次世界大戦で敗北した後に進駐してきた米軍将校の宿舎として使われ、接収が解除された後に上杉家から米沢市に寄贈されている。なお、今では料亭のように米沢の郷土料理を味わえるお店となっている。

 

明治29年(1896年)に建設された「上杉伯爵邸」は主人であった上杉茂憲が亡くなった大正8年に、米沢城で起きた大火に巻き込まれて焼失してしまい、今見られる建造物は大正11~13年頃に再建された物になっている。そしてそんな建物は”国の登録有形文化財”となっており、その歴史的な建物内でゆったりと食事ができる場所ともなっている。

 

こちらは「上杉伯爵邸」で提供されている食事のメニュー。上杉鷹山時代に凶作に備える為として、「かてもの」という食の手引書を制作し、それに基づいた食文化が代々米沢に根付いているようだ。

 

 

この「上杉伯爵邸」では米沢牛などのメニューもあったけど、大半が事前に”要予約”が必要と書かれていた。勿論このような豪勢な料亭で料理を食べる人間ではないので、敷地内だけを散策する事にしてみた。

 

そしてここ米沢城近くで、何と3つ目の上杉鷹山の銅像を発見する。このように雪対策で屋根付き状態になっていたけど、3つもの銅像が近くにあっても造られているという裏には、それだけ今の米沢が上杉鷹山の施策に強い影響を受けており、また今でも大きく敬愛されている様子が伺えたのであった。

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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