立佞武多館(五所川原市)に立ち並ぶ、巨大なねぷたの歴史を学ぶ【東北旅行記⑤】

東北旅行記2020年冬-⑤:青森編

 旅行期間:2020年12月1日~8日(7泊8日)
( Learn about the history of the giant Neputa that stands in the Tachineputa Hall (Goshogawara City). [Tohoku Travelogue 5])

大きなねぷたに歴史あり!

今回の東北旅でまず降り立った青森県の大地で、青森県外の人からすれば青森のイメージとして頭に思い浮かんで来るのが、青森の伝統的な祭で使われる『ねぶた(ねぷた)』。しかし青森県内では30ほどの市町村でそれぞれ独自に発展してきた祭なので、その開催される場所によってねぷたに使われる山車の様子には変化が見られる。

 

【立佞武多の館】

住所:青森県五所川原市大町506-10
営業時間:(※休み:年末年始)
・【4~9月】9時~19時頃
・【10~3月】9時~17時頃
電話番号:0173-38-3232
入場料金:立佞武多展示室のみ 大人650円/高校生500円/中学生300円

 

 

 

「立佞武多の館」の見学!

ここは五所川原市にある「立佞武多の館」という、立佞武多(たちねぷた)が保管/展示されている資料館。この五所川原市では青森県内でも最大級の高さ20mを超えるねぷたが祭に使用されており、立佞武多は1年に1個製作されて、それが3年間使われて役目を終える。その為にこちらの館では3個の大きな立佞武多を見学する事が出来る。

 

そして立佞武多にはそれぞれテーマがあり、こちらは2017年に製作された『纏(まとい)』の背中側。昭和時代に大きな火事で延焼してしまった悲しい歴史がある五所川原市だけに、その大火事についてのねぷたとなっている。そして裏側にはこのように火の神様のようなコワモテのオジサンが造られており、正面だけではなく360度から見て楽しめるねぷたとなっている。

 

3年で役目を終える立佞武多も昔はラオウのように”昇天”させる意味合いもあって燃やしていたそうだが、今では解体されてその一部が観光資源として青森県内に飾られたりと有効活用されるようになってきている。

 

この2017年に製作された『纏』は昨年2021年に役目を終えて解体されたが、その解体された一部は津軽五所川原駅を始めとする津軽鉄道の有人駅構内に展示して観光客などを楽しめる役目ともなっている。

ネプちゃん
ネプちゃん

せっかく生まれてきたからには、有効活用して欲しいだべ!

※『纏』の津軽鉄道での展示は2021年11月で終了済

 

この高さ20mを超える立佞武多は約8~10ヵ月の製作期間を経て造られた物が多いが、そんなねぷたも3年で廃棄されるとは何とも勿体ないような話にも思える。これ程人目を惹く装飾であれば国内ばかりではなく海外に持って行っても人気になりそうだけど、このねぷた自体は元々そんなに長持ちさせる目的はなく、昔は来年の祭用に造って、祭りが終われば燃やしていたという毎年恒例の縁起物に近い扱いだったようだ。

 

遠近法じゃないけど、この写真を見れば、ねぷたがどれだけ大きいかが分かるかと思う。3年で廃棄に回るのは観光客の立場からすれば勿体無いと思ってしまうけど、青森の人々からすればそれが伝統で、逆に古いのを壊さないと新しいのを作れないと思っているのかもしれない。

 

大阪の今宮戎神社では毎年正月に笹に飾り物を買って取り付けるというのが特に商売人には慣例だが、数万円~数十万円も掛けて購入した縁起物は翌年の正月に全て廃棄されて新しい物に買い替えるのと同じような概念なんだろう。特に立佞武多は大き過ぎるので、もし過去20年分のねぷたを保存するとしたら、とても大きな場所を用意しないといけないので大変だろう。

 

 

立佞武多を眺める! 動画

 

 

こちらは2019年に完成した『かぐや』だが、2019年の祭りには使われたがその後の2020~2021年は連続して祭が中止となってしまったので、コロナ禍の煽りを受けて本来の出番が大きく失われてしまった立佞武多だろう。

ネプちゃん
ネプちゃん

祭は中止になったけど、ここで多くの人に見てもらえるべ!

 

そして館内の見学通路を進んで行くと、壁側にはねぷたの製作順序の説明が張られているのが見える。まずは製作するねぷたのイメージ図である下絵を製作し、それから立佞武多を実際に製作する時に生じる構造上の問題点も考慮して、形を決めていく。

 

そしてデザインが決まると、そのイメージに沿って形作りが始まる。骨組みには昔は竹しか使われていなかったが、今では木材に針金や糸を使って細かい凹凸の表現が施されるようになっている。

 

そしてその骨組みが完成すると、昔は蝋燭が中に入れられていたが今では1000個以上の電球や白熱球などの照明が取り付けられる。なおこの照明は発電機から電気を取り入れて光るようになっている。その後は骨組みの上に和紙を丁寧に1枚ずつ貼っていく作業となる。この時に和紙を張り付けるのにボンドが使用されて、そのボンドが完全に乾ききると「書き割り」という墨汁で下絵の輪郭線を入れていく作業に移る。

 

 

そして輪郭を入れた後は「蝋入れ(蝋引き)」という、溶かしたロウ(パラフィン)を張った和紙に塗っていく作業となる。ちなみに昔はロウソクの動植物由来が使われていたが、今ではより石油系ワックスのパラフィンが主に用いられている。というのも昔に比べて中の照明が電球や白熱球に置き換わって温度が高くなったので、より溶けにくいパラフィンが選ばれたようだ。

それとこのロウ(パラフィン)を下絵デザインの輪郭に沿って塗る事によって、後から色付けした際の色が混ざり合わない効果があるという。輪郭線に塗っていく事によって色の混合を防ぎ、更には明るさを出す事にも繋がるという。

ネプちゃん
ネプちゃん

昔のねぷたに比べてだいぶ進化した物になってるだべ!

 

そして最終工程として「色付け(彩色)」が行われる。色塗りでは染料と水性顔料が使われており、筆塗りとスプレーなどで着色されていく。このように完成までは全部手作りで行われて、かなりの手間が掛かって造られているのが理解できる。

 

そして20mを超える立佞武多の場合は、その製作場所もわざわざ造る必要がある。なので毎年ねぷた製作小屋がわざわざ製作されて、更にはその完成品を収納する小屋まで必要となる。そして全ての工程すると最後にこの「立佞武多の館」にパーツ毎の状態で持ち運ばれて、最終的な組み立て作業がこの館内で行われる。

 

だからねぷた製作の小屋からこの最終完成品の状態で運ばれてくる訳ではなく、パーツ毎の状態で運ばれてきてここで組み立てられて初めて陽の目を見る立佞武多。だから毎年10ヵ月近くも製作期間を掛けた大作だけに、仕上がった瞬間のメンバーの高揚感は半端ない物になる事だろう。

ネプちゃん
ネプちゃん

ねぷた職人は、祭よりも完成した時が至福の時間だべ!

 

我々観光客はこのように既に出来上がったねぷたしか見る機会がないけど、その長~~い製作工程を見てみるのも面白そうだ。ねぷたも単に思い浮かんだ情景でデザインするだけではなく、実際に外に持ち運ばれて風などの影響を受けても壊れないようにするなどの構造的配慮も必要である。

 

この立佞武多は高さ約23mほどになっているけど、実はその台座部分だけでも約10mと高さの半分を占めている。というのも近年は照明が蛍光灯や白熱電球などが使われて、その電力として台座に発電機が埋め込まれており、またねぷた内部の芯には鉄骨が用いられているので、年を追う毎に重くなっていっているのかもしれない。

 

このように一見華やかさに目を奪われてしまうけど、厳密には台座部分と人形部分で半分の高さを占めているという事を頭に置いてねぷたを眺めると、また違った物に見えてくるような感覚にもなる。明治時代とかに賑わった立佞武多などではそこまで大型の台座は必要なかったのだろうが、今では派手なねぷたにする為に色んな物が使われて肥大化しているのである。

ネプちゃん
ネプちゃん

人間の欲望が大きく具現化されている立佞武多だべ!

 

青森県のここ五所川原市は、人口約5万人ほどの街。そして五所川原市出身の有名人というと、昔は文豪「太宰治」で、今は演歌歌手の「吉幾三」である。なおこの資料館に入る際に購入した周遊券では、この五所川原市内にある太宰治の資料館と吉幾三のミュージアムがセットになっていた。

 

この資料館では立佞武多は動かずに自分達が動く施設になっているけど、こうやって見ているとやっぱり実際に街中を動いているねぷたを見たくなる。ここ五所川原市では毎年8月上旬に祭が行われるので、興味ある人はその頃に五所川原市を訪れれば祭を鑑賞する事が出来る。

ネプちゃん
ネプちゃん

ただコロナ禍なので、当分はガマンだべ!

 

このようなねぷたも観光客目線から見ているだけだとあまり分からないけど、製作者側からの想いを想像して眺めるだけで、ヒゲや眉毛部分の細かいデコボコの骨組みと和紙張り作業が大変だった事だろうなと妄想できる。実際にそのねぷたの製作現場を目にした訳ではなく勝手な想像に過ぎないのであるが、ちょっと見方を変えるだけで違った見え方ができる。

 

 

足もこのようにちゃんと爪部分まで丁寧に表現されているのが分かる。大きな完成した立佞武多を見ていると、その大きさから全体像しか見れないけど、このようにそのパーツ毎に展示されていると、この爪先までとかの細かい部分にまで注目できる。

 

そして毎年8月上旬に行われる五所川原立佞武多の祭でねぷたと共に注目を浴びるのが、「囃子(はやし)という祭の際に奏でられる伝統的な音楽。笛や太鼓などを使って、祭りを盛り上げる脇役のような存在でもある。

 


おうちフェスタとうほく 青森県『五所川原立佞武多囃子』-動画


 

 

そして”五所川原立佞武多”では巨大な立佞武多と音楽で盛り上げる囃子だけではなく、ねぷたを曳く引手踊り手なども祭を盛り上げ、更には「化人(ばけと)と呼ばれる白塗りで変装した人達も祭に参加して盛り上げている。

 


 

【五所川原立佞武多祭り】2019 青森県五所川原市-動画


 

 

祭は日本全国で昔から五穀豊穣を神様に祈る儀式であったが、近年はその祭を観光資源として観光客を楽しませる一大イベントになりつつある。個人的には小さい頃から祭とは無縁に生きてきたボクだけど、この五所川原立佞武多は生で見てみたいと思う祭であった。

 

そして青森のねぷたに欠かせないのが、こちらの「金魚ねぷた」だそうだ。この青森では江戸時代前半に殿様や奉行でしか飼育が許されなかった「津軽錦」が開発されて、それが庶民には手の出なかったので、その代わりにとこのねぷたに津軽錦のデザインを用いたようだ。

 

この津軽錦という津軽藩で飼育されていた金魚は、東北地方の寒い環境に適応した寒さに強い金魚で、文字通り”幸せを運ぶ魚”として重宝された。戦国時代までは群雄割拠の戦乱が常に起きている戦時だったが、江戸時代は平穏な時代で外様大名ほどに知恵を振り絞って名産品を作って交易をしないと家が取り潰されてしまう事になるだけに、江戸時代には全国で色んな名産品が生まれる事になる。

ハゲる前君
ハゲる前君

この津軽錦は寒さに強いけど、逆に暑さに弱いゾ!

 

このように地方の一祭だけど、この立佞武多の中にはこの津軽の今までの歴史が濃厚に詰められている。だから単に楽しい気分で観賞するのもいいけど、それと共にこの津軽が過ごしてきた歴史についてもこの機会に勉強してみるべきかと思う。

 

こちらには立佞武多の下絵に使われたような絵が、壁に飾られているのが見える。基本的には日本で語り継がれている伝統的な話の登場人物やその場面などが描かれている事が多く、日本のお祭りらしいものが多い。

 

中にはこのようにおぞましい光景のデザインもあるけど、龍信仰は日本だけではなく、中国大陸でも根強い信仰がある。だから龍は人間にとってはサメやワニみたいな捕食種という存在ではなく、神様に近い存在として祀り上げられている。

 

近年では祭のスポンサーにもなる企業からの依頼で、ガンダムなど近代的な文化のキャラクターなども立佞武多に用いられている。今までは日本古来の伝説などを描いてきた立佞武多だけど、21世紀にはまた新しい革命が起きつつあるのかもしれない。

 

それにしても日本人は鬼伝説がとても好きな民族であると思う。個人的には遠くの海から漂流してきた外国人が鬼と思われたと考えているけど、日本人は日本国内での一民族なので、自分達とは違う種類の民族を敵に見立てる事で日本人である事の高揚感を掻き立てていたのかもしれない。。

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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