宮崎県旅行記2020年-63:完結
旅行期間:2020年10月18日~22日
(Tasted udon noodles filled with hebes at Miyazaki Airport and headed home.)
ヘベスは宮崎特産
遂に宮崎旅もラストの回を迎えます。ただまだフライトまでの時間が残っているので、宮崎空港内のターミナルを散策してみようと思います。
宮崎空港内にて
宮崎県の隣にある、似たような熊本県は日本を代表するキャラクター「くまモン」がいるけど、この宮崎県ではそのような個性の強いキャラクターをあまり見かけなかったと思う。こちらには「みやざき犬」という、宮崎県と語呂を掛けた微妙なキャラクターが壁に描かれていた。。
この空港に来るまでにそれなりにお土産を買ってしまっていたので、特にこの空港内のお土産屋さんで欲しくなる物は残念ながら見当たらず。
ここでも【世界No1】を受賞したという、宮崎ひでじビールが販売されていたけど、無職の貧乏人には買えないお値段となっていたので仕方なくここでもパスする・・・。
そんな隣には同じひでじビールが醸造している「日向へべすのベルジャンエール」というアルコールも販売されていた。このお酒は限定醸造品らしいので今の時期にしか手に入らない可能性があり、それで購買意欲をそそられるけど、無職の貧乏人はここでも動じなかった。
こちらには宮崎県内で今でも行われる、伝統的なお祭りをミニチュアで紹介しているコーナーである。日本神話の話も宮崎に到着した時点では全然興味が無かったけど、やっぱり宮崎県を旅している道中で段々と知らぬうちに興味が出てしまったのである。
こちらの「泰平踊り」は昨日目の前で拝見させてもらったので、今回の旅でもとても印象に残っている。そしてこんな衣装を身に着けて行う踊りなので、夏場などは踊り手からすると、とても暑いという事も知ったのである。
日本神話の時代からのルーツが根強く残る宮崎県では、色んな祭がそんな日本神話に結びついているような印象となっているけど、全てが日本神話と結びついている訳でもなさそうだ。
ただこのブログを作りながら日本神話を再勉強したけど、昔の神様の名前が長過ぎて全然覚えられなかった。カタカナ名だと威厳を感じられないし、漢字だと難しい漢字ばかりが並んでいるので読めないし・・・と。
そば処『萩之茶屋』にて昼食!
そしてまだフライトまで時間があったので、空港内で昼飯を食べる事にする。宮崎牛とかのメニューには一切惹かれなかったけど、こちらの『萩之茶屋』にあった「へべすうどん」にはとても惹かれてしまったのである。
店内に入ると、そば処のお店なハズなのにカウンターにはこのように宮崎産の芋焼酎の瓶がズラリと置かれていた。前に鹿児島に行った時に購入した「屋久島」という芋焼酎は、口にした時に屋久杉の香りと味を凄い感じたのを思い出す。なのでこの宮崎名産の飫肥杉というお酒も試してみたかった。
店内にはビールを注ぐ口が並んでいて、そば処のお店には一見は見えないお店。空港でそんなに吞み屋というお店を見かけないけど、この時は店員さんがビールを注いでいる姿すら見なかったけども。。
そして運ばれてきたのが「へべすうどん」(860円税込)である。うどんに「へべす」という、この宮崎原産の柑橘類をスライスした物が、数切れ載せられているだけなんだけど無性に食べたくなってしまったのである。
ただ冷静に考えると、普通のうどんに「へべす」を数切れ載せているだけで860円というお値段は、それなりに”いい値段”である。しかしここは空港ターミナル内なので、その分のテナント料も価格に含まれているので仕方ない事である。
宮崎特産品のへべすも柑橘類なので、スダチとかと比べてもあまり大きな差を感じない。でもやっぱり宮崎県に来ていると「宮崎原産の○○」とか言われるとそれがより良い物に思えてしまうのだ。
こちらはご丁寧に天かすが少しだけ小皿で出てきた。勿論うどんに入れる訳だが、こういった天かすが付いてくるだけでうどんの良さが1段は上がると思う。
肝心のうどん自体はそんなに太くなくて、うどんというよりもヌードルを食べているような感覚になる麺。うどんっていうともっと太くてモチモチした物をイメージしてしまうけど、食べる場所によって色んな個性を出してくる。
このへべすも載っているだけあまりその良さが染み出てこないので、潰して果汁を絞ったり、直接口に入れて果汁を吸ったりして満喫するのであった。
こちらは宮崎っぽいデザインで、一目で宮崎土産と分かりそうな雰囲気だったので思わず購入してしまった。パッケージ関連の仕事をしていただけに、お土産も中身よりもパッケージデザインなどで選んでしまう事が多いのである。
さてお腹もへべすのおかげで膨れたし、最後に土産も念押しで購入したし、という事で後は飛行機に乗るだけ。そして搭乗予定の飛行機も無事空港に先程到着したようで、もう少し待てばフライトとなる。
コロナ禍で飛行機も搭乗者が少ないかと思っていたけど、やっぱり大阪や東京行きだけは、その搭乗口付近には他に比べると座って搭乗時間を待っている人が多かった。
宮崎空港内はまだ最近リニューアルされたようで、新しい雰囲気を醸し出していた。今どきはスマホ全盛の時代なので、どこに行っても必ず充電用のコンセントに群がる人達を見つける。
さっき空港入口に写真が飾ってあったタイガーウッズじゃないけど、この宮崎ではシーガイア内のゴルフ場で世界の強豪を招いたトーナメント大会をしている事もあって、このように空港内のトイレ表示がゴルフスイングしたデザインとなっていて、なかなか面白かった。
さてやっとこさ搭乗開始となります。ボクは一番後ろの席なので優先搭乗が終わると先に呼ばれますが、小さい国内線だと先に入っても後から入っても大差ないので、ゆっくりと後から入っていきます。
もっと機内はガラガラかと思っていたけど、意外と混雑していた。飛行機内では一時隣は空けるとかいう方針もあったけど、基本的には隣の他人と殆ど話す事がないので、横に座っていたからと言ってコロナウイルスが感染しやすいとは思わない。
そしてこの飛行機に乗っていたCAさんに、ここでこのマンゴー&日向夏のドロップスをプレゼントする。しかしそのCAさんはゴミを渡されたものだと勘違いして、普通に受け取ってそのまま奥に消えてしまった。
だけどすぐに戻ってきて、「申し訳ありません、ゴミかと思って受け取ってしまいました。お心遣い、ありがとうございます!」とお礼をわざわざ伝えてくれて、更には最後に飴ちゃん一式を逆にプレゼントしてもらった。
ボクが基本的にCAさんにこういったお土産をプレゼントするのは、CAさんって意外に旅慣れているように思うけど、フライトは仕事なので国内線だと降りる間もなくピストン輸送で行き来するだけで、そのフライト先でくつろげる機会が殆どないという。だから前に一度お土産をプレゼントしたらとても喜んでくれたので、それ以来CAさんを喜ばす為にお土産を購入しているのである。
ホントはスケベ心があるんやろ!?
否定はしませんよ!(笑)
<まとめ>
今回の旅先に選んだのは宮崎県だったけど、特にどこに行きたいとかいう理由などは無かった。特に宮崎県って何があるか、あまりイメージのない県だったので「逆に行けば、何か見つかるだろう」的なノリで訪れたのである。
まずは到着した宮崎空港から近い青島という神社がある島に向かったけど、この日は日曜日という事もあってコロナ禍でも多くの観光客がやって来ていて、少し息苦しさを感じてしまった。そういう時にはこの宮崎の海岸線で見られる、独自の『隆起海床と奇形波蝕痕』を見て、心を落ち着けるのであった。
そしてそんな青島近くでとても人気の手打ち釜揚げうどん屋「岩見」にて、昼食を食べる。昼食の時間帯を過ぎた遅めの時間でもお客さんの列が途切れなくて、15時前頃でもまだ行列が出来ていた人気店。この青島近くには読売巨人軍が毎年キャンプを張る事もあって、昔からミスターを始めとする巨人軍の選手が訪れるスポットにもなっているようだ。
そしてこの時テーブルに置いてあった香辛料の「ゆず胡椒」がとても印象に残った。この時に釜揚げうどんにこのゆず胡椒を入れると、すごくゆずの香りが立って買いたくなってしまった。
こちらは宮崎県に何故か設置されているモアイ像。昔宮崎に旅行している人からこの写真を送られて、その時は「なんで宮崎にモアイ像なんてあるの??」と思ってしまった記憶が少し蘇る。これはイースター島復興作業を手助けした日本企業が、その貢献を認められてイースター島長老会から公認をもらって作ったものだという。しかしこんなモアイ像も宮崎県では観光客がそれなりに訪れる人気スポットと化していた。
レンタカーを借りての1人旅だと、ドコに立ち寄るかも全て自由なので目に付いた所ですぐに立ち止まって写真タイムとなる。そういう計画性のない行動をしていると、肝心の目的地がこのように閉まっていたりする事もたまにはある。ただ計算上は一応開いている時間帯に訪れる予定だったのだが、この時はコロナ禍で通常より1時間早く閉まっていたのである。
こちらはJR宮崎駅で宮崎では一番大きい駅であるが、実際に訪れてみると想像以上に小さかった駅。というのも新幹線も走っていないし、宮崎は電車の本数も少ないので車移動の方が現実には多いようだから。
こちらは今回4連泊した「宮崎第一ホテル」で、リーズナブルなビジネスホテルの割にはサービスがとても良くて、楽天トラベルやじゃらんなどでの口コミ評価が高いのが納得な満足できるホテルであった。なおこのホテル曰く、「公式HPが最安値なのに、予約が入らない・・・」と書かれていたので、もしこれから予約しようと思っている人は公式HPも覗いてみてもいいと思う。
この宮崎第一ホテルを選んだのは旅行サイトでの口コミ評価が高かったのが一番の理由であるが、このように風呂上りにアルコール試飲サービス(3杯まで)があったから。スーパーでちゃんと晩酌用のお酒を購入しているにも関わらず、無料で飲めるアルコールに飛びついてしまうのである。
そしてこちらは宮崎で一番の繁華街/歓楽街である「橘通り」。意気揚々と初日の晩に1人で繰り出したものの、どのお店も決定打に欠けて入らずじまいで、結局はスーパーで購入したおにぎりを部屋に帰ってから晩飯として食べたのであった。。
2日目は少し遠出をして、北側にある高千穂峡を目指してロングドライブ。人に聞くと宮崎県というとこの高千穂峡が一番有名らしいけど、ボクは宮崎に来るまで全然知らなかったのである。そして高千穂峡付近にはこのようなお渓谷が沢山あるので、そこに架かる大きな橋も沢山見受けられた。
そして高千穂峡に到着して川が流れる渓谷沿いに進んで行くと、このように遊覧ボートを楽しむ人達の姿が見える。このボートに乗っての遊覧が、この高千穂峡名物と言っても過言ではない位の人気のようだ。
しかしこの遊覧ボートは30分レンタルで1人での使用だと、4~5千円ほど掛るのである。なので今回はパスして橋の上から、そんな遊覧ボートで楽しむ人達を見ている事にした訳であった。
そんな高千穂峡に行った日は高速道路は使わずに下道を使ったので、宮崎市内からだと想像していた以上に到着するのに時間が掛かった。昼飯を食べない選択肢もあったけど、「ねこのしっぽ」という猫マニアが集いそうな古民家カフェに立ち寄り、こちらの美味しいケーキを昼ご飯にした。
そんな古民家カフェ「ねこのしっぽ」に貼ってあった、高千穂あまてらす鉄道の運行時間が目前に迫っていたので慌ててお店を飛び出して、近くにある高千穂駅へと駆けつけた。しかし古民家カフェに貼ってあったポスターは古い物だったので、それから運行時間が変わっており、慌てなくても充分に次のカートに乗れたのであった・・・。
都会に住んでいるとあまり実感が湧かないけど、地方では産業の衰退や過疎化などもあって、廃線になる路線が多い。この高千穂を通っていた鉄道も、途中にある”日本イチ高い鉄道橋”の高千穂橋梁が台風で被災して修理するのに時間と膨大な費用が掛かる事から、廃線となってしまった。しかし今ではそんな廃線を利用して観光資源へと再活用しており、こちらのカートも小型トラックなどを自分達で改造して、ここで運用しているという。
この高千穂あまてらす鉄道:グランド・スーパーカートの一番の見せ所と言えば、この”日本イチ高かった鉄道橋:高千穂橋梁”の上で一旦停車して、周囲を見物できるポイントである。台風で被災して大きな列車は通行禁止になっているけど、比較的軽いカートは今では通行していいようになっている。なお、高千穂町は今後この高千穂橋梁を観光資源として活用する為に、ある程度の費用を掛けて改装していくという。
グランド・スーパーカート体験 動画
ここは天照大神が閉じこもった洞窟だと勘違いしていたが、実はそうではなくて、その天照大神をどう洞窟から引っ張り出すかの作戦会議が行われたという「天安河原」。なお天照大神が閉じこもった洞窟の「天岩戸」は、近くにある天岩戸神社内の特別内覧見学ツアー(30分に1回)でしか見れない場所にある。
その日の晩は再び橘通りに繰り出して、昨日はお店の外から見ただけでビビッて入れなかったお店に入る。ヤバイ女性客がいる立ち飲み屋だと思っていたけど、飲食店パンフレットを見ると「入口にマネキンが置かれている!」と書かれていたので今日はすんなりと入れたのである。。
宮崎名物の食べ物といえば、このチキン南蛮である。このチキン南蛮は普段宮崎以外で食べれる物とは少し異なっており、宮崎のチキン南蛮は甘酢漬けされているので、衣はシャバシャバになっているのが特徴なんだって。
翌日は宮崎市から西の山手にある綾町を訪れる。そんな綾町の高台には中世時代に造られていたという綾城が今では復元されているが、朝一番に訪れたので他に見学客は全く見かけなかった。
そんなボク1人しか居ない城内を見学していると、このような蝋人形が見えて、その雰囲気を感じた瞬間に体中の毛が逆立ってしまった。何ともリアルな人形過ぎてビビッてしまったけど、こちらの人物は戦国~江戸時代を通じて、日本イチの刀鍛冶とも称された田中國廣である。
そんな綾町には日本イチの照葉樹林があり、それを保護する運動の一環で造られた「照葉大吊橋」がある。この橋が造られた当時は「歩行者専用の橋としては水面からの高さが日本イチ」だったのであるが、今では大分県の橋に高さを抜かれてしまっている。しかし日本イチの照葉樹林は未だに健在であった。
高所恐怖症の人にはこのような橋を渡るという事は全く正気の沙汰じゃないと思うかもしれないけど、怖いもの知らずの人間からすると、このような橋を渡る行為は楽しさだけしか感じないのである。
照葉大吊橋を渡る! 動画
そんな照葉大吊橋であった素晴らしい出会いが、この入口付近でお土産物屋さんを営んでいたこちらのオジサンだった。この訪れた時期はコロナ禍の影響で客足がガタっと落ちていたにも関わらず、頑張ってお店を開けて、この入口にやって来るお客さん全員に10m位前から元気よく挨拶をしていた。
こういう行為は「所詮、金儲けの為だったらする奴がおるよ!」とかいう声も聞こえてきそうだけど、こんな人も少ない場所で、しかも腹の底から出しているしっかりした元気な声なので、思わず感激してしまった。ボクも会社員時代の後半は、このように腹の底から元気を籠めた挨拶をするように心掛けていたけど、意外と社会を見回してみると、そういう人って殆どいないのである。
そしてドコかで買いたかった柚子胡椒も販売されていたので、嬉しくなって色々とお土産を購入してしまう。このオジサンは実は大阪人で、60歳を機に妻の実家がある綾町に移住してきたという。この時で77歳と言っていたけど、とても元気でパワフルなオジサンだった。もしこれを見ているアナタがこの綾町に行く機会があれば、是非このオジサンに会ってみて欲しいと思う。
そして綾町は野菜などの農作物も豊富に採れて、美味しい野菜を食べれる場所でもある。そんな町で入ったカフェのランチプレートが、美味し過ぎた印象が残る。あまり食べるという事には興味がいかないボクだけど、ここのランチはとても美味しかったという印象が珍しく残っている。
そして綾町から南の方へまたロングドライブして、辿り着いたのは宮崎県の南端である都井岬。この都井岬は高鍋藩の飛び地となっていた串間の先端にある岬で、この岬の先端にある灯台は全国的にも珍しい灯台の中にまで入場できる灯台となっている(※ただし入場料必要)。
そんな都井岬は、こちらの野生馬が居る事でも有名な場所。この都井岬に来る多くの人は、この野生馬でもある御崎馬を見にやって来るのである。
ここは江戸時代にここを支配していた高鍋藩が軍馬を育成する為に、国産の馬を放牧した場所なのである。それ以来、ここの馬は基本的に自然の中で生きており、人の手による飼育はされていない。
御崎馬を眺める! 動画
次の日は宮崎市の北側にある日向市に向かう。ここの海岸線も国定公園に指定されている程に綺麗で、見た目も独特な海岸線が広がっていて、見所充分である。なおこの岩の裂け目のような場所は「馬ヶ背」という所で、約1500万年前に噴火して出来た岩場が長い間、波によって浸食され続けてこの形になっているという。
そんな日向の灯台に行くと、楽しそうに遊んでいたフィリピン人達と出会う。ボクが写真撮影上手というのを一目で見破った彼女らは「写真、トッテください~!」と頼んできて、彼女らの集合写真を撮ってあげた。日本人女性の団体ならこんなフレンドリーな笑顔は見せてくれないけど、やっぱりノリのいいフィリピンの女の子らしい笑顔であった。
その近くには「願いが叶う クルス海」という展望台があったけど、そんな景色よりもそこに居た人懐っこい猫ちゃんに夢中になってしまった。。
こちらはその日向の海岸線に昔からある大御神社の、更に奥に造られている鵜戸神社だけど、このように洞窟内から振り返ってみると、天へと駆け上る龍のように見える景色が待ち受けている。
そして今度は宮崎市を通り越して、その南側にある日南市を訪れる。昔はこの一帯は伊東氏の飫肥藩が支配していた場所で、明治になって取り壊されてしまった飫肥城が今では大手門などが復元されている。
この伊東氏は戦国時代に島津家との勢力争いに敗れて追い出されてしまった大名だけど、その後に徳川家の勢力に味方した為に江戸時代にはかつて支配していた、この飫肥城周辺の支配を任される。そして伊東氏は飫肥藩として江戸時代の間、伊東家を守り続けたけど、意外と地味な存在であまり伊東家の人間に関しての展示などを見かけなかった。
そんな飫肥藩の名物といえば「おび天」・・・もあるけど、この飫肥杉である。昔は船の建造などに丈夫でしなやかな杉が重宝されており、この飫肥杉は飫肥藩が植林して本数を増やした。そしてその飫肥杉は川に流して港まで送り、油津港から出荷していた。
そんな飫肥城を訪れたタイミングで、この年(2020年)は中止となってしまった、この地域伝統踊りの「泰平踊り」が地元ケーブルテレビ局の生中継で披露される機会に出くわす。普段は祭の踊りなど興味が無かったけど、この時は暇だったから始まるまで見ていたけど、とても興味深い踊りだった。
泰平踊り 動画
そして泰平踊りのメンバーよりも一緒に写真を撮りたかったのが、こちらの地元ケーブルテレビ局のキャッツアイ達。意外と気さくな人ばかりで気軽に記念撮影に応じてくれて、しかもこのようにカメラを担いだり、収音マイクを持ったりと、素晴らしい神対応だった。
それから立ち寄った、近くにある油津という昔は港としてとても潤った場所。この川は堀川運河という、江戸時代に飫肥藩が飫肥杉を川に流して港まで送る際に、材木を効率よく運ぶ為に人工的に掘った運河である。なお固い岩盤が広がる地層だったので、家来達から非難の声が挙がったけど、その時の藩主が「将来の為にも必ずやり遂げないといけない!」と喝を入れて、何とか2年半も掛かったけど完成した運河。なおこの橋は寅さんシリーズにも登場している橋だという。
そして宮崎最後の夜は落ち着いたバーに単身乗り込み、こんな場所でも大阪人の後輩を見つけて、意外な出会いに驚く。またこちらのママさんも気さくな人で、とてもいい雰囲気のお店で最後まで大満足なのであった。
という事で最初から何があるか、全然知らなかった宮崎県でも実際に行ってみてば、色んな物を見つける事が出来た。
そういった物と出会うには人気のガイドブックやパンフレットを見るのもいいけど、自分自身に「何かを探そう!」という気持ちのアンテナを立てる事によって、色々見つけれると思う。
なのでこれから旅行に行こうと思う人は何でも人任せにせずに、たまには自分にアンテナを取り付けて、色んなものを発見する旅を楽しんで欲しいと思う。
ビンビンにアンテナを張ってください!
2021.7.27
<完>
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